海底パイプライン(百九十八)
きっと『助け』を呼ぼうとしているのだろう。若頭は照準を無線係に移した。ほら見ろ。早速『赤い点』が無線係を捉えている。
何か『操作』をしたなら『直ぐに撃て』だ。合図を送らせた。
「さぁ、どうするのかな?」「あと四分半だ」
石井中佐は動じない。再び時計を覗き見ただけ。顔色一つ変えずに『めんどくさそうな顔』をしている。
しかし若頭も同じだ。親切で聞いてやっていると言うのに、何故に態度を変えないのか腑に落ちない。命の危険があれば、誰だって『怖い』と思うだろうに。故に若頭は、どうせ照準が無線係に移動して、『内心ホッとしているだけ』と思うのみ。
そうだ。親切ついでに、もう一つ警告してやろう。
「無線係の次は『あんただ』ってことを、判っているのかねぇ?」
石井中佐の表情に変化なし。しかし右眉が『ピクリ』と動いたのを若頭は見逃さなかった。ほら『効果有り』だ。ニヤリと笑う。
別に『ライフルの弾数』は一発な訳がない。今時『ポンプアクションの銃』なんて流行らねぇ。一秒後には次の弾丸が脳天を貫くぜ?
フフリ。『雇われスナイパーの腕試し』は拝ませて貰った。
良い腕だ。並べた三つの空き缶を、タン! タン! タン! と小気味よく連射して、全部吹き飛ばしてくれたぜ。
だから銃の名前は知らんけど、俺はライフルを『タンタン銃』と呼ぶことに決めたばかりなのさ。どうだ。怖いだろう?
「あと四分を切った。うーん。ちょっと長かったか?」「ですね」
石井中佐の右眉が動いたのは『決断が遅せぇ』とイラついただけだった。いやお上品だから『決断が遅いザマス』かも知らんが。
ニヤリと笑って愛想を振り撒いたのは、『絶賛狙われ中』の無線係の方だ。すると頬を『赤い点』で赤らめながら、無線係もニヤリと笑ったではないか。呆れて肩を竦める仕草と合わせて。
「俺が合図したら、あんた等、死ぬんだぞっ!」「だからどうした」
若頭はいきり立つ。流石に『もう一度パラソルに頭をぶつける』ような真似はしない。しかし興奮気味なのは誰の目にも明らかだ。
石井中佐を指さした腕をプルプルと振るわせているのだから。
「だからどうしたぁだとぉ? よぉし判った。交渉決裂だなっ!」
振り上げた腕で自分の太ももを叩き、パァンと鳴らした。そのままスナイパーに『撃て』と指示しようとした瞬間だ。
「そうしたらあんた等も死ぬんだ!」「撃t、待てっ! 待てっ!」
悪あがきか、それとも真実か。若頭は狙撃命令を取り消した。
石井中佐が『嘘』を言っているとは思えない。若頭にしてしたって交渉は成立させたいし、万が一にでも死にたくはない。
まさかこの『万全な体制』を敷いている所で、一体『何が起きるのか』知りたい位だが。しかし若頭は鼻で笑って見せる。
「何をしy」「この無線係が『攻撃中止』を発しなければ、ここに居る全員が死ぬことになる。ほら、あと三分ちょっとしかないぞ?」
石井中佐は時計を見せる。狙ってた奴には『チラッ』とだけ。
しかし若頭は可愛そうに『石井中佐の言っていること』が判らないようだ。『あと三分』だとして、何をするつもりだ?
まさかヘリの強襲? 突っ込んで来たヘリの『同型機』が『大挙してやって来る』とか? しかし見渡す限り機影なし。
まぁ、仮に『そうだ』としても、ビルの中へ逃げ込むだけの話だ。




