海底パイプライン(百九十一)
急ぎ双眼鏡を覗き込んでも『それらしき飛行物体』は見えない。
だからと言って双眼鏡の横に顔を出し、裸眼で確認したところで結果は目に見えている。裸眼だけに。当然何も見えない。同じだ。
「何だと思う?」「どうせ『動画撮影者』でしょう」「あぁ」
山本少佐の意見を聞いて、片桐大佐は呆れたように頷いた。
納得したのもある。今まで艦の上空に、民間の飛行物体がチョロチョロして来たことがある。それは一度や二度ではないのだ。
ドローンなら妨害電波を出して制御不能にしてあげるし、航空機なら高射砲で狙い撃ちにだってしたこともある。
そもそも軍事作戦中の艦船の上空を、断りなしに侵入して来たら『練習にでもどうぞ』と言っているのと同義ではないか。
ならば『これは訓練に非ず』と宣言し、キッチリ撃墜してあげた方が動画撮影者も喜ぶに違いない。
勿論『運営元』に圧力を掛けて、アカウントは停止して貰うが。
「奴らは何がしたいんだろうなぁ?」「目立ちたいだけですよ」
またしても片桐大佐は、山本少佐の考えに納得して頷くしかない。若干口を『への字』にしながらも。何故か反論が出来ないのだ。
大体『競馬の予想』からして『山本少佐の方が良く当たる』が故に。馬の血統戦績体調等全ての情報を無視。競馬新聞を覗き見ると、馬名だけ見て『この馬速そう』で当ててしまうのだから嫌になる。
予想した本人は買わないのに、最近は三歳未勝利で『ハシルノハヤイ』の単勝二百五十六倍を意図も容易く当てやがってからに。
あぁ本当に来るんだったら、千円も買っておけば良かった。
「いやそうじゃなくてだなぁ?」「何でしょう。賭けます?」
人の話を聞いていたのか? それとも『言いたいこと』を先回りしている? 『一を聞いて十を知る』もここまで極めると、一を話した方も『何事!』と驚くばかりではないか。
「賭けないよ。それに一体、『何』を賭けるんだねぇ?」
肩を竦めて半笑いだ。時々山本少佐は面白いことを言う。
すると今度も『首を傾げて考えている時間』は物凄く短い。
「じゃぁ『艦長の座』とかどうでしょう? 総員退艦せよっ!」
「いきなりぃ!」『プッ』『また言ってる』『平和だなぁ』
山本少佐は艦長になりきって『ビシッ』と決めたが、当然退艦する者などはいない。振り返る者も皆無だ。
何しろここにいる全員が『大和は浮沈艦だ』と思っているし、ノリノリで言った山本少佐自身も、そう思っているからに。
呆れているのは、全責任を負う立場の片桐大佐ただ一人のようだ。
「私が言いたかったのはだねぇ、もし攻撃ヘリだった場合、だよぉ」
「そんなことがありますかね?」「だから『もしもの場合』だって」
山本少佐は笑顔を振り撒きながら歩き、海図の方へと向かっていた。見つめられている片桐大佐もそれを追う。海図を挟んで立った。
「現在地はココ。そして未確認飛行物体が見えたのはこの辺です」
「何も無いな」「ちなみに筑波山はこの辺です」「いやいや」
山本少佐が指さしたのは『田んぼの真ん中』であった。つまり田中だ。これでは確かに『隠れる場所』なんて無い。
利根川の堤防より下にでも行ければ、話は別かもしれないが。
「零式を上げる必要は?」「ありませんよ。寝てますよぉ?」
片桐大佐は眉を顰めた。今の状況で『起こせよ』とは言えないか。




