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海底パイプライン(百九十)

「しかし何だなぁ」「全くです」

 片桐大佐と山本少佐は、深いため息をついて顔を見合わせる。

 夜間航行中にも関わらず消灯した大和のブリッジに於いて、唯一の明かりは『漏れ出る計器の明かり』だけになっていた。

 それでも艦長の片桐大佐が、口をへの字にして『渋い顔』をしているのを確認するには十分だ。皺が一層深く見えるではないか。

 決して『年のせい』ではない。副長の山本少佐は深く頷いた。


「いやぁ、私はまだ、何も言ってないが?」「あれっ?」

 一転して二人は苦笑いだ。ヒソヒソ声で話しているが、シンとしたブリッジの中では耳に残る声。各員が計器を見たまま、『知らんぷり』しているのはいつもの通りだ。笑いを堪えている。

 今は『警戒態勢』であり計器から目を離せない。加えて真夜中の航行ならば、監視体制を一層強化する必要もあった。

 それでもここは日本近海である。まさかロシア帝国の艦船が見えるはずもない。もし鹿島港の沖にまでヒョッコリ現れるようなら、幾重にも張り巡らされた潜水艦の防御網が破られたも同義だ。

 過信は禁物だが、それは有り得ない。日本海軍の潜水艦から逃れられるのは、最早『日本海軍のみ』と言い切って良いだろう。


「私が言いたいのは、司令官殿が『中佐になってご帰還』と思ったら、とんぼ返りで東京に帰ってしまわれたことだ」「逃げたんですかねぇ?」「どうだろう。それならこっちも都合が良いのだがな」『!』『フフッ』『クスクス』『……ッ』

 つい『本音』が漏れ出てしまったが、聞こえて来るのは『変った息遣い』だけである。今度はそれを二人は『聞こえない振り』だ。

 何しろブリッジの中は、全員『艦長派』であるからにして。山本少佐もその一人。『何も聞いていない』とばかりに、急いで双眼鏡を構えると外を観た。あぁ、太平洋の波は静かである。

 何れにしても、石井司令官殿にベッタリで『金魚の糞』こと井学大佐でもなければ、告げ口なんてしないだろう。まぁ彼は『艦長のお目付け役』も兼ねているのだから仕方ない。

 そう言えば、今は何処に? 今回は珍しく一緒に帰ってこなかった。元空母乗りらしく、強風の中でもヘリで颯爽と着艦する『その腕前だけ』は、認めてやらんこともない。


「でだ」「ですよねぇ。私もそう思ってました」

 山本少佐は双眼鏡を降ろして頷く。片桐大佐は右目だけを吊り上げた。その顔は『まだ何も言ってない』と語っている。

 空気を読んだ山本少佐は、右手をスッと出して『どうぞ』と促すが、片桐大佐は何となく『話す気』が失せてしまったようだ。


「特別訓練は延期かなぁ」「じゃぁ、このまま呉回航ですかねぇ?」

 寧ろその方が嬉しそう。各員にも『副長の予想』が確実に聞こえていたと見える。隣同士で顔を見合わせると、小さくガッツポーズをする者もいる始末だ。確かに最前線の津軽海峡での勤務が長すぎる。戦士にだって少しは休息も必要だ。陸に上がって馬鹿したい。


「レーダーに感あり」「距離は?」「十二哩」「近いな。機種は?」

 突然『約二十キロ』に接近されては、緊張を通り過ぎて硬直すらあり得る。何故なら声の主が『対空レーダー担当』であったからだ。

「機種不明」「ミサイルか? 秒で来るぞ。対空砲火用意」

 冷静に指示。艦長と副長は直ぐに『沖の方』を凝視する。ミサイルならこの闇だ。『軌跡』が見えるはず。見えたら終わりかもだが。

「方位二五〇。あれ? 消えました」「逆ぅ?」「陸の方だとぉ?」

 艦長と副長は、半分ズッコケながら鹿島港の方に向き直った。

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