海底パイプライン(百八十八)
「ヒャッホーッ! 今の電車でしたね」「あぁ鹿島線は全線電化だ」
ブラックホークは鹿島線利根川橋梁の下を、全速力で通過した。
指定された時間まであと僅か。兎に角今は急げや急げ。全速力飛行だ。ここまで随分遠回りを強いられて来たからに。
東京から昔の高瀬舟よろしく江戸川を遡上し、利根運河を通って利根川へ至る。そこから一路、河口を目指して飛行して来たのだ。
しかし銚子までは行かない。黒井はチラリと三浦少尉の手元を見た。橋の写真が最後の一枚。確か次の小見川大橋で上昇し、利根川ともサヨナラだ。やっと超低空飛行が終わる。
「次の橋を上ですね」「判ってる」「えーっとぉ、小見川大橋です」「小見川大橋なぁ」
黒井が意地悪く訂正したものだから、三浦少尉は指示書をジッと見つめている。小さく舌打ちしたのは爆音で掻き消されたか。いや、黒井は知らんぷりしながらニヤリと笑ったままだ。
「判ってますよ」「本当かなぁ」「本当ですってぇ」「怪しい」
橋の写真には橋の名前と太い曲線で矢印が描かれており、基本下を潜るが無理な場合は上を飛び越えるよう指示がしてある。
鹿島線利根川橋梁には『にょろりと下矢印の指示』があった通り、黒井は無事下を通過したという訳だ。最初は怖がっていた三浦少尉も今はすっかり慣れて、『今のは下行けた』とか言う始末だ。
「ちなみに次のが最後ですよね?」「あぁ」「じゃぁ別に今上昇しても良くないですか?」「そうかぁ?」「そうですよ。急ぎましょ」
三浦少尉が左手で上を二回指さした瞬間だ。ブラックホークは高圧電線の下を通過した。一瞬だが、三浦少尉にも見えただろう。
「それに何て書いてあった?」「何もありませんよ」「そんな訳無いだろ」「だってほらぁ、書いて無いじゃないですかぁ」
三浦少尉は『小見川大橋で上昇。鹿島港へ』と書かれた頁を黒井に見せる。いやいや、見ながら飛べないから『ナビゲータ役』が居るのだ。黒井は鼻で笑いながら、横目にチラっと見る振りだけ。
「前の頁。何て書いてあるぅ?」「えっ? あぁ、鹿島線利根川橋梁・上方架線注意。へぇ。電化されてるんですねぇ」「へぇじゃねぇ。さっき説明したべぇ? その続きだよ」「無いですよ?」「書いてあっただろうよぉ。裏にぃ」「裏ぁ?」「そうだよぉ頼むよぉ」
実は時々裏面にも『重要事項』が記載されてあったのだが、三浦少尉は『無きもの』と見なし、調子に乗ってクルンクルン回してしまっていたようだ。改めて裏面を見ると、悔しいかな記載あり。
「通過後に高圧電線あり。堤防側に寄れ」「なぁ? もう通過しちゃったけどなぁ」「知らないっすよぉ。『ホイッ』って渡されただけなんですからぁ」「おいおいおい。全員の命が掛かってんだぞ?」
黒井は左手の親指で後ろをパッと指す。三浦少尉は振り返らないが、搭乗者全員からの冷たい視線は流石に感じている。
「よしっ、行くぞっ! 掴まれっ!」『バッ』『バッ』『バッ』
黒井の合図で全員が急上昇に備える。黒井だって上に行くときは緊張するし、舌を噛まないよう警告も兼ねてだ。
ブラックホークは初めて高く飛び上がった。確かに鹿島港は目と鼻の先。波穏やかな海が見え、長く伸びた防波堤の横には翔鶴が見える。と、その向こうにも同じ大きさの奴が? しかも翔鶴と違って、何やらゴチャゴチャしたものが大量に乗っかっ……てる……。
「ふざけんなっ! 帰るぞっ!」「ちょっ! 敵前逃亡すかっ!」




