海底パイプライン(百八十六)
「こちらブラックバード。あと十分で到着する。以降、受信専用にして連絡を待つ。オーバーッ」『了解。作戦を開始する』
爆音響くヘリのコックピットでは、隣同士でも無線での会話だ。
今のは少々籠ってはいるが『聞き覚えのあり過ぎる声』であった。勿論黒田である。予定通り作戦の始まりを告げ、闇の向こうへと消える。今頃『ニヤリ』と笑いなら、鍵をぶっ壊している頃だろう。
「本当に大丈夫なんでしょうねぇ?」
パイロットの黒田が一番心配そうだ。何せ『ブラックホーク』なのに、軽々しく『ブラックバード』を名乗ってしまったからだ。
それがどんなに『機種違いなことか』を、説明したのにも関わらず。もぉ。幾ら『ブラック』が被っているとは言え、その後に来るのが『バード』ともなれば、話は全然変わって来ると言うのに。
この『ブラックホーク』とはまるで別物。何せ本家の『ブラックバード』こと『SR-71』は、マッハ三で飛行する『伝説の偵察機』なのだから。もしかして、この世界には存在しないとか?
それともアメリカとは仲が悪いから、知られていないだけ?
だとしたら日本で、こんな真夜中に耳を澄ます奴らも居ないか。
「何がですかぁ? まさか『大佐を疑う』のですか?」「えぇ……」
「一番傍で『一緒に行動して来た貴方が』ですかぁ?」「まぁ……」
ダメだ。いちいち棘がある。やっかみか? お目付け役だからか。
いやいや『コードネーム』もそうだが、今一番疑わなければならないのは、どちらかと言えば『空母鹵獲作戦』の方なのである。
何の疑いもなく『作戦に沿って行動する』のは、流石軍隊だ。それが例え『どんな無茶な作戦』でも、作戦が下命された以上は、『上官の命令』には逆らえない。
「大佐が『大丈夫』って言ったんだから、それは大丈夫なんですよ」
『何を根拠に』そんなセリフを黒井は唾と一緒に飲み込んだ。
今は操縦に集中だ。例によって超低空飛行をするが故に。作戦の成否と全く関係の無い所で死んでしまうなど、パイロットとして言語道断であるからにして。
「今日は新月ですから、大丈夫なんですよ」「……」
新月だろうが満月だろうが『レーダー探知』には何ら影響は無い。
しかし返事が無いのは『その通り』と同義なのか。無線を置いた助手席の三浦少尉は前を見る。後はヘリの動きに合わせて体を揺すり、色々と『避けている』のだが、勿論全くもって意味は無い。
「大佐ぁ、鍵をお持ちなんですかぁ?」「あぁ。準備良いだろう」
盗んで来た『チェーン切り』を用意した所にコレである。
黒田はニヤリと笑う。流石は『元スパイ』と言うべきか。下準備はバッチリだ。鉄条網が付いた鉄の門は、ご丁寧にも金属チェーンがグルグル巻きになっていたのだが、後はジャラジャラと外すだけ。
扉を開けば、その先にあるのはコンクリートの一本道だ。
「じゃぁ、行きましょうか」「あぁ。通過したら閉めとくか」
ニヤリと笑った。何の冗談か、それとも『もう戻らないから』か。
松原少尉は黒田のように笑えなかった。何故なら目の前の『コンクリート道』は、何を隠そう海に突き出た『防波堤』なのだから。
しかし『迷う暇』は無い。取り敢えず『ホイ』と、鍵を渡されてしまった。まさか『ここで待て』ではあるまい。
直ぐ後ろには、これまた盗んで来たのか、M16を構えた兵士が二人。いや、トラックに乗る全員がM16を所持している。
トラックが門を通り過ぎると、松原少尉は海側から手を伸ばす。




