海底パイプライン(百七十九)
調子を合わせて返事しているが、『レバ刺しアレルギー』なんて聞いたことがない。うんうん頷いて平然とゲームをしている辺り、どうせ嘘に決まっている。まぁ、四平が死のうが殺されようが、辰也にしてみればどうでも良いことだが。
「で、ですねぇ。先生ぇ。ちっと質問があって来たんですよぉ」
「うめぇな。辰坊、もっと食うかぁ?」「いやぁ、飯食って来たんで、大丈夫っす」「そうか」「すいません。ごちそうさまでした」
最初から一人で食べようと思っていた九十九にしてみれば、辰也が食べようと食べまいと実はどうでも良い。
「質問って? 『無理矢理立たせる方法』ってのは専門外だぞぉ?」
「それは大丈夫です。お陰様で、もう毎日ビンビンです」「何だぁ」
二人は苦笑いだ。その顔はどちらも『良く治ったなぁ』と思っている。四平は反応してチラっと見たが、再びゲームに戻った。
二人が『ナニのこと』を話しているのか不明。まぁ、大筋百二十%の確率で見当は付くが、それでもぶっちゃけどうでも良いことだ。
「じゃぁ何だよ」「先生ぇは昔、『731部隊に居た』って」
「何だそのことか。そんなの皆、知ってんだろうよ。今更改まって、説明するような話じゃねぇって」「あー、先生がそこで『ナニしてた』ってのは今回置いときましてぇ」「そうなのぉ? あんなことやこんなことも?」「えぇ。そんなことや嘘ぉんみたいなことも」
クッチャクッチャとレバ刺しを食いながら、如何にも機嫌良さそうに笑ってはいるが、その実『この先』については口を固く閉ざす。
「実は昨日、家の茶屋にヘリが突っ込みやがってですねぇ」
「あぁ。聞いた聞いた。怪我人、一杯出たんだってぇ?」
「そうなんですよ。もしかして、ココにも患者が来たんすか?」
「いやいや。ここはモグリだから。素人の患者は来ないだろぉ」
「あぁ、そんなもんすかねぇ。良い先生なのに」
「何だ? 褒めたって何も出ねぇぞ?」「いやレバ刺し頂きました」
辰也は苦笑いでステンのプレートを指さした。九十九は『あっ』となってから苦笑いだ。そして照れ隠しか『バチン』と辰也を叩く。
「で、ですねぇ。その突っ込んだヘリのパイロットが、『俺は731部隊だ』って言っててですねぇ。何かご存じでしたらって訳でぇ」
すると九十九は首を傾げる。一応は『当時』を思い出してくれているようだ。しかし『かなり昔の記憶』なのか、反対側に首を傾けてもまだ黙っている。突然メスをレバーにぶっ刺して、腕を組んだ。
「へぇえぇ。ヘリがねぇ? そんなモン、部隊に有ったかなぁ?」
「あの野郎、やっぱ嘘ついてましたぁ?」「どうだろうなぁ」
「先生ぇお手数お掛けして、すいやせんでした。四平行くぞっ!」
「まぁ『俺が居た時代』は、この世にヘリなんて無かったしなぁ」
辰也は思わず『ガクッ』となる。どんだけ前なのよ。
四平は表情に変化無し。外へ行き掛けて再びゲームに戻った。正に寸暇を惜しんでゲームゲームゲームだ。そんなに好きかぁ?
「じゃぁ奴が言ってた『石井中佐』ってのも、ご存じない感じぃ?」
「はぁ? 石井ぃ?」「ご存じで?」「確か奴は中将になったって」
「あれま。じゃぁやっぱり嘘で?」「いや正か。違う石井だハハッ」
「つまり判らんと? いやぁ奴は『軍医だ』って言ってましてぇ。俺も『医者が何で部隊長なんだって』言ってやったんですよぉ」
「軍医の石井ぃ? あぁ『もう一人方』で良ければ知ってるぞぉ?」
何が可笑しかったのだろう。フッと噴き出した唾を袖口で拭く。




