海底パイプライン(百七十六)
築五十年にはなろうか。巨大な吉原ビルが完成してから。
この『完成』というのが『骨組みが出来上がったとき』ならばそうだろう。しかし吉原ビルは、今も何処かで改造が加えられ続けている。何のプランも統一性も無く。勿論安全基準なんかも無視して。
そもそも吉原ビルの中に『法の概念』が有るのかも怪しい。皆『俺ルール』に従い、好き勝手にやっているだけだ。
これで『良く崩れないな』と思うのは当然だが、そこは安心して欲しい。確かに多くの大工が出入りして『トンテンカン』とやってはいるが、彼らが作っているのは言わば『大きな家具』であって、『構造物』では決して無いのだ。例え階段が存在していたとしても。
それ故、設計書上『十九階建て』とされた吉原ビルに、『床』と呼ばれる箇所は、一階四階七階と三階毎で、残りの多くは大きな穴が開けられてしまっているか、取り払われてしまっている。
それは辰也と四平が訪れているこの『病院』も例外ではなく『家具の内』なのだ。いやぁ『家具の中で道に迷う』って不思議な感覚だ。それにしても『法律』って一体どうなっているんだか。
「あぁ、ここだな」「見つかりましたぁ? やっとっすねぇ」
辰也が説明している間に、九十九の診察室が見つかったようだ。
四平は歩きながらゲームをしていて馬耳東風。ちょっと殺意が。
しかし病院までの道のりは四平が案内して来たし、帰りもだ。こいつ、勝手に『お役御免』を自らに宣言しやがって。死にたいなら『死にたい』って言ってくれよ。聞くだけなら聞いてやるからよぉ。
まぁ組関係者に『勝手じゃない奴』なんて居ないから、いちいち咎めたりはしない。『そういうもん』と思えば納得もするし、要らなくなったら『使い捨ての駒』にするだけ。優先順位を上げて。
『コンコン』「九十九先生」『ガチャ』「失礼しますよ」
中で『あんなこと』や『こんなこと』をしているか考慮する間もなく、辰也は『上の者がいつもしている』ように扉を開けた。
すると案の定九十九は、『えぇえぇっ、うぞっ!』なことをしているではないか。いや、九十九の後ろ姿で良く見えないのだが。
「先生ぇ、何やってんですかぁ?」「んん? その声は辰坊か」
九十九は『声』で。辰也は『後頭部の禿げ』で互いを認識していた。しかし何をしているのかは辰也には不明だ。判るのは『ピチャッピチャッ』という音と共に『ヒヒヒ』と笑っていたことだけ。
それと、九十九が振り返って見えた『血だらけの白衣』と『口裂けじじぃ』だ。いや良く見たら、顔のは『血』だった。
「うわっ血だらけじゃないですか! もしかして手術中でしたぁ?」
「馬鹿。手術中って判ってんなら勝手にドア開けて入って来んな!」
「っとぉ、それはすいやせん。外で待ってます。ほら四平、行くぞ」
「あぁっ。手術じゃないから良いよ。何だよ良いトコだったのにぃ」
手にはメスを持って『良いトコ』とは一体。辰也は『見てはいけないモン』を見てしまったのかと疑う。
しかし九十九を『口封じ』する訳にも行かず、確認するにも勇気が必要だ。恐る恐る聞いてみる。首を伸ばして覗き込みながら。
「手術じゃねぇとしたらそれぇ何やってるんでぇ」「あぁコレか?」「えぇ」「別に見て良いぞ」「いや良いです」「良いから来いよ。さっきなぁ、ちょっと良いモンが手に入って、開いてたんだぁ」
笑顔の九十九に引っ張られ無理矢理見せられたのは、どう見ても『誰かの内臓』ではないか。辰也はギョッとなって九十九を見る。
「新鮮なレバーが手に入ったんでなぁ『レバ刺し』で食おうぜ!」




