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海底パイプライン(百七十三)

「若頭ぁ、辰の奴に任せといてぇ、大丈夫ですかぁ?」「んん?」

 手元の報告書をじっくり読込始めた若頭に、虎雄が話し掛けた。

 しかし若頭は虎雄の方を見向きもせず、報告書を捲るだけ。返事が無いので更に一歩進むと、横から手元を覗き込む。数字ばかりだ。

 若頭が虎雄を蔑ろにしている訳ではない。寧ろ逆で、頼りにしている位だ。辰也ら若手を『取り纏める立場』であるし。


「当然、組長おやじには報告するんですよねぇ?」「そりゃな」

 そこでやっと振り向く。しかし笑ってもう一度報告書へと戻る。

 京極組の京極組長は幹部連中と、吉原にシマを持つ組の連合組織『征剣会』の旅行で不在だ。ナンバーツーの若頭はお留守番。

 馴染みの温泉ホテルを貸切って連日どんちゃん騒ぎ、となるのではなく、それは最終日のお楽しみ。『全てが決してから』である。

 何故なら三年に一度、この旅行で『征剣会の理事』を決めることになっているからだ。ちなみに、京極組長は事前の裏工作で、今回理事になることが決まっている。お陰で金も大分使ってしまった。


「面倒なことにならなければ良いですけど……」「大丈夫だって」

 虎雄の心配も判る。吉原地下歓楽街は、火災保険にも養老保険にも入っていない。それで『一棟丸焼け』と『組事務所破壊』という大被害に遭ったのだ。軍を脅して人質交渉をし、あわよくば『儲けよう』としているのだから。若頭の判断はある意味正しい。

 築三十年の茶屋について立て替えるか迷っていただけに、『よくもまぁ思い切りぶっ壊れてくれたものだ』とさえ思う。


「ですが」「軍の奴らだって、ココを良いように使ってるんだ」

 笑いながら右手で床を二回指し示す。そして報告書を捲った。

 確かに軍の連中だって、吉原地下歓楽街をよく利用する。

 表立って話をするときは赤坂の料亭へ。裏で話をするときは吉原へ。とは良く言ったものだ。勿論『地下の方』を指している。

 ココでの争いはご法度。武器は預け、一切の通信機器だって取り上げられてしまう。それは軍人だろうが、警官だろうが同じこと。

 その上で、追い掛けて来る記者も居なければ、野次馬の一人だって居ない。『完全なる密室』を作り出す。更には厳しい『箝口令』が敷かれていると来れば、外部に情報が漏れ出る訳が無い。


「33。いつもの奴らとは」「あぁ。731なんて知らん部隊だ」

 吉原をシマにしている連中は、軍と大変仲が悪い。特に陸軍・第三十三部隊の奴らとは、血で血を洗う争いを続けて来た。

 それまでも小さな争いは絶えなかったが、決定的な争いの種は『麻薬の製造工場に突入されたこと』である。

 あれからもう何年になるだろうか。今も総長から発せられた『見敵即殺』の命令は有効であり、以降、アンダーグラウンドの其処彼処には、双方の死体が転がっているのが現状だ。


「兄貴ぃ。新しい敵が、増えてしまいませんかねぇ……」「あぁ?」

 笑っていた若頭が真顔で振り返った。虎雄は最初の義弟。昔の癖で『兄貴』と呼ぶときは、大抵『困ったとき』なのだ。

「いえあの」「お前は心配性だからなぁ」「兄貴の立場がぁ」

 苦笑いの虎雄を見て、若頭は笑いながら報告書に戻る。

 大体が後から出張って来やがった癖に、偉そうにデカい態度って言うのが許せない。大枚叩いてアンダーグラウンドの住環境を改善し、『住み良い街』に作り替えて来たのは我々なのだ。誰の文句があろうはずが無い。文句のある奴は一歩前に出て見ろ!

 えっ? アンダーグラウンドはそもそも『居住禁止』だって?

「今ぁそんなことを言っている場合じゃぁねぇんだよっ!」「へぃ」

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