海底パイプライン(百六十六)
竜司にきつく言われて四平は黙ってしまった。不貞腐れている。
四平にしてみれば、好きで始めた仕事ではない。半ば強制的に始めた仕事が、何故か『命懸けだった』だけなのだ。
こんなんだったら『暇な職場』の謳い文句に釣られて、応募するんじゃなかったとさえ思う。あぁ、早く署に戻ってゲームしたい。
「これなら、後は段々と消えそうだな」「俺もですよ」
火元を覗き込むように見ていた竜司が、四平の相槌で振り返る。
「はぁ? 何言ってんだ?」「何でも無いですっ!」「?」
竜司は首を捻る。火元に向き直ってからもう一度。
『コレだから今の若い奴は……』とは言いたくない。
そんなことを言う奴は『おっさん』か『ジジイ』と相場が決まっている。竜司は見た目は兎も角、まだ自分を『おっさん』とは思いたくはない。頭頂部が禿げて来たのは、絶対ヘルメットのせいだし。
「良しっ。裏の方も確認しに行くぞ」「へーい」
焼けた建物の裏は、コンクリートの壁に密着している。
見学コースでも無ければ一番裏通り沿いにある建物は、誰も見ない壁の為に『板張り』にすることは無い。瓦だって敷いていない。
見えない死角部分の造りは、意外とチープなのだ。
「こっちまで燃えてたら、どうするんですか?」「壊すしかないな」
そもそも『メイン通り』から最も遠いこの場所は、安さだけが取り柄の『場末の安宿』がズラリと並ぶ場所。だから客にも見せられない『壁側の部屋』は、下女の休憩室だったりする。
一度壊した所で大した被害にはなるまい。調度品だってそう。
柱や梁は焦げた箇所を切り落とし、繋ぎ合わせてやれば、何処かに再利用するだろう。なぁに。耐久性については問題は無い。元々『そんな部材』を使っていたのだから。
今の今まで『ヘリさえ落ちて来なければ大丈夫だった』という実績が。犯人もひっ捕らえたし、もうそんなことも起きないだろうし。
隙間を覗き込んで安心した。煙は勿論湯気も立ち昇ってはいない。
「あぁ、大丈夫そうだな」「そうすか。じゃぁ、もう戻ります?」
急に四平が元気になったではないか。笑顔で『上』を指さして。
竜司は四平が言う『上』の意味が判る。何せ出動下命時にゲームをしていて、『もうちょっと』と言っていた奴なのだから。
「何だ。お前は『大丈夫か』って、確認しないのかぁ?」
竜司もつい意地悪に聞いてしまったが、しかし四平は物理的に上を見ていて、下の方はお構いなしだ。そのまま話す。
「隊長の意見を尊重しまぁす」「はぁあぁ?」
「それにぃ、俺が『ダメ』って言っても、仕方ないんでぇ」
竜司の方を見てニッコリと笑う。何だコイツ。ゲームをしているときよりも『素敵な笑顔』ではないか。竜司はついカチンとくる。
「何かムカつくぅ」「酷っ部下に信頼されて嬉しく無いんすかぁ?」
ニコニコ笑いやがって。竜司は四平を睨み付けた。どの口が言う。
嬉しい訳があろう筈も無い。一ミリも無い。四平お前は、いつから『人を信頼するような奴』になったのだ? ちゃんと『信頼の意味』を判って言ってる? 大体お前から『信頼』なんて言葉が飛び出すなんて、夢にも思わなかった。一番似合わない奴だろうが。
「ちなみに、まだ上には戻らん」「嘘っ」「被害の調査があんの!」




