海底パイプライン(百六十三)
「いよっとぉ」『ビシャァッ!』「うわっ痛てぇ、冷てぇっ!」
竜司がロープを掴んだ瞬間だった。すぐ目の前に火元がある。
相当熱いんだろうなぁと思った瞬間ケツに激痛が。そして下半身が冷えて行くのが判る。訳が分からないまま振り返り逃げ出した。
復路は手を付いて四つん這い。皆が見ているのに『格好悪い』と思い下を覗き込むと、辰兄と目が合ったではないか。笑っている。
『どうも。水掛けてくれたんすね』『良いってことよ!』
竜司の黙礼に辰兄は大きく頷く。すると『まだ足りないか?』とばかりに目をグッと見開いているが、いやもう勘弁して欲しい。
親指を立てて『GJ』をアピールだ。すると放水が火元に戻る。
竜司は安堵した。実は背中に掛かっていたら、火元に向かって押し出される所だったと言うのは、辰兄には内緒である。しかし『放水の勢い』は馬鹿に出来ぬ。この体験は訓練でちゃんと伝えないと。
「ビショビショですねぇ」「お前も浴びて来い!」「俺は良いっす」
四平は本当に呑気な野郎だ。組員の名前は大抵が『通称』であるが、当然『四平』だってそう。本名は『四男だから四郎』らしいが、若頭が『それじゃあんまりだ』って言うんで『四平』になった。
本当の親も適当だと思うが、若頭も結構適当である。
「ほら、ここに結べっ!」「俺が?」「そうだよ。出来んだろ?」
ロープの訓練はしたよな? まさか忘れたとは言わせない。
大体『何か』を吊るしたり、又は『何か』を縛ったりするのに、ロープワークは欠かせない技術だ。出来ないと締まらないぞ?
「えぇえぇ……」「じゃぁあの辺壊すのやるか?」「結びます」
本当に現金な奴。竜司は優しいので、トビの柄で四平を小突く。
心の中で『お前、笑っていられるのは今の内だからな』と思いつつも、四平はもうこっちを見ていやしない。
竜司はロープを引っ張り易いように、屋根の一部を壊し始めた。
「隊長ぉ。結びましたぁ」「良し。向こうへ投げろっ!」「はーい」
指さした方に向かってロープを投げるが、緩やかな放物線を描く。
どうも『緊張感』の欠片も無い。きっと四平にしてみれば『他人の家が燃えている』であり、『俺には関係ない』なのだろうが、それでは消防士は務まらない。訓練の前に『心構え』からやり直しだ。
「人を集めて、ロープを一番の方に引っ張ってくれっ!」
竜司がトランシーバーを取り出し、下に指示をした。
『屋根を火元に被せるんですかぁ? 余計、燃えません?』
直ぐに返事が来た。竜司はしかめっ面のままスイッチを切る。燃えて困ると思ったら、燃える前にドンドン水を掛けるしかないのだ。
「良いから早くしろっ! ここから火を広げるなっ!」
屋根の上から大声で叫ぶ。トランシーバーを使うより、両手を使い、身振り手振りで指示を出す方が早い。必死さも伝わる。
「オラオラァッ! お前ら隊長の指示に従えっ! 早くしろっ!」
辰兄の怒号が屋根の上まで聞こえて来た。凄い迫力だ。ロープに向かって一人、また一人と、次々に群がって来るではないか。
「うわっ!」「冷てぇっ!」「酷えっ!」「ちょっ! まっ!」
「早くしないと、テメエら、水ぶっかけっぞっ! オラオラオラァ」
「もう掛けてるじゃねぇかぁ……」「あぁ? 何か言ったかぁ?」
あっという間にロープを曳く準備が完了するとは。流石は辰兄だ。




