海底パイプライン(百六十二)
放水現場を辰也に任せて、竜司は屋根に上った。
思ったより暑い。それに臭い。天井まで達した黒い煙が、幾分かは換気口から出ているのかもしれないが、それは気休め程度。
何故なら換気扇が眼下に転がっているからだ。屋根瓦をパキパキ踏みながら進むと、屋根がカクンと曲がっている箇所に出た。
どうやら『火に薪をくべている状態』であると見て取れる。
「いやこれ、どうしようかぁ」「どうしようって言われてもぉ」
屋根が凹んでいると言うことは、床も凹んでいるのだろう。
見れば畳とか布団とか、木材以外に燃えやすい物がガンガン延焼中であるからにして。そこに水を掛けた位でどうにもならぬ。
「やっぱこの辺からぶっ壊すしか無いか?」「そうですねぇ」
瓦を蹴り飛ばした。瓦を火にくべても燃えはしないだろう。
屋根の板張りが見えた所で、トビをぶち込んで壊し板の二、三枚を剥がした。ちきしょう。意外と頑丈に組み上がっている。
丁寧な仕事しやがって。何て棟梁だ。もっと手を抜け。
『バキッ』「おりゃぁっ」「竜司さぁん。これ、壊れませんよぉ」
景気良く剥がしたつもりだが、このペースで、果たしてどれ程の解体が進むものか。四平は板を一枚剥がしただけで音を上げた。
いや、諦めるのが早いというか、早過ぎる。竜司は渋い顔だ。
「全部壊す訳じゃねぇよ。ココにロープ引っ掛けて引っ張るんだ」
板が剥がれて、梁が露わになった所をトビで叩いている。
「そんなことしたら、バーンッて、倒れちまいますよ?」
「それで良いんだよ」「壊しちゃうんですか?」「あぁ」「勿体ね。この辺、まだ使えるのに」「いやほっといたら、燃えちまうだろぉ」
まだ使える部材とか建具とかあるのは判っているが、それを取り除く暇も無い。勿体ないと思うのなら、早く消すことだ。
四平の意見は無視して、竜司はトランシーバーを取り出した。
「竜司だ。火元の左側、屋根の上に居る。ロープ持って来てこっちに投げろ。あと野次馬にも協力して貰って、ロープを曳いて貰え」
『了解しましたぁ。直ぐ行きまーす』「頼んだぞ」
トランシーバーを仕舞うと、竜司はロープを掛ける位置と、引っ張る方向について考え始める。
本当は『無事なお隣』からぶっ壊すのが一番なのだが、それは損害が大きすぎる。しかし狭い場所に、密集するように建てられているので、火元から遠ざかるように倒すのは無理がある。
かと言って、対面の通りは狭いし、反対側は壁である。
「どっちに倒すんですか?」「この辺で折って、火元の方に倒すしかねぇなぁ」「ヤバくないですか?」「一気に崩れるかもしれん」「何それ。そんなことしたら、俺達死にません?」「かもな」
四平は竜司から見えない所で、あからさまに嫌そうな顔をする。
冗談じゃない。消防隊なんて『暇そう』だから応募したのに。いつの間にか『先輩』になってしまって、この有様である。
どうせ上がるのなら、それは『給料だけ』にして欲しかった。
「隊長、ロープ投げまーす!」「おう、こっちだっ!」「やぁっ!」
気合一発。勢いを付けて、ロープを屋根の上目掛けて投げる。
「おいおいおいおいおいおいっ!」『ガラガラガラガラッ!』
明後日の方。しかも火元の方に向かって飛んで行くロープを、竜司は必死に追い掛ける。足元で瓦が鳴る音も耳には入らない。
一塊のまま飛ぶロープに呆れ、訓練不足を嘆いてみても既に遅い。




