海底パイプライン(百六十一)
「良いぞっ! 二番開栓っ!」「二番開せーんっ! おーい!」
竜司の声に反応した消防隊員が走る。角にいた伝令が、踊り始めた一番ホースと格闘して聞いていないからだ。
ホースを引っ張って来る際、ねじってしまったのだろう。『プルンッ』となる度に水圧も揺れてホースが踊る。その勢いは筒先にも影響が出て、しっかり持っていないと怪我をするのは勿論、狙った所にも水が届かない。竜司は見ていてイライラし始めていた。
「結構暴れると思いますが、お願いします」「おう。任せとけ」
「お前も辰兄ぃに頼ってないで、力入れろよっ!」「はいっ!」
こっちの筒先も新人か。最近の新人は仮想空間に夢中な奴ばっかりで、何だか現実世界の方は苦手意識を抱いているのだろうか。
返事が良いばっかりで、実力の方はからっきしだ。
「辰兄ぃ、一番の方行くんで、すいませんがお願いします」
「おう。大丈夫だ。筒先離さなきゃ良いんだろ?」「はい。じゃぁ」
筒先を握っている位『お安い御用』と言わんばかりだ。ニッコリ笑って両手で筒先を握り直している。それより何より、『ココに居なければならない理由』があれば、若頭へ報告に行かなくて済む。
『ボコボコボコッ!』「ホラ来るぞっ! しっかり持ってっ!」
『バチンッ』「はっ、はいっ! お願いしますっ!」
ホースのふくらみが筒先に迫っていた。辰也は相方の肩を思いっきり叩いて気合十分だ。何だか楽しそうに笑顔だし。
逆に叩かれた方は兄貴の兄貴の兄貴。雲上の兄貴を前に、緊張して頭の中の方が先に『消火済』となっていた。何も残っていない。
『ボコボコッ! シャーッ!』「ヒャッホォッ! 放水開始ぃっ!」
まるで水遊びをするが如くだ。経験者なのか、それとも勘なのか。
竜司が調整する一番筒に合わせて筒先を向けている。見れば竜司が『そうそう。流石辰兄ぃ』とばかりに頷いているではないか。
辰也は調子に乗って右手を離して親指を立てたが、左手一本では『マズイ』と思ったのだろう。慌てて筒先を握り直した。
竜司の目が一瞬丸くなって、更には右足を一歩前に出す。しかし辰也が苦笑いで片目を瞑っているので、ホッとした顔になった。
しかし問題は『航空燃料は水で消せるのか』である。消せないなら周りを壊して、延焼を防がねばならぬ。竜司は決意する。
「おーい。一人こっち来いっ!」「俺すか?」「四平と替われっ!」
一番筒に走って来た男が筒先にやって来ると、四平の後から筒先を持たせる。後は『せーのっ!』の合図で四平と交代だ。
四平は『筒先が面白かったのに』と不満そうにしているが、だったらもっと『面白い場所』へ連れて行ってやろうではないか。
「トビ持って来いっ!」「はい」「二本だぞっ!」「え、はいっ!」
竜司が指示した『トビ』とは『鳶口』の略。主に『抗争のときに使う道具』で、鉄で出来た鋭い爪が特徴の凶器だ。反対側がハンマーになっている物もあり、持って来させたのは正にそれ。
木製の柄の長さは、とび職が持っている『ハンディータイプ』から、魚市場のマグロ担当が持っている『ロングタイプ』等多種多様。
中でも火消が持っているのは『スーパーロング』と言われる代物で、振り回せば無敵の威力を発揮する。それはもう当たれば『血が出る』なんてもんじゃない。何せ家まで破壊する威力なのだから。
竜司はトビを四平にも持たせ、辰也の所へ走ると頭を下げた。
「ちょっと屋根に上がって、様子を見て来ます」「おうっ!」
「すいませんが、ココ、お願いします」「おうっ! 任せとけっ!」




