海底パイプライン(百五十七)
「辰兄ぃ、連れて来ましたぜぇ」「お前ぇ、おっそぉいんだよっ!」
また一人救出した客を誰かに任せて、辰也が小走りに来る。
源次郎なら軍人の一人や二人、秒でとっ捕まえて来ると思っていたのに。それを何やらわざわざ大勢で取り囲んで。
こいつ非常事態の空気を読まずに、『楽しんでいた』としか思えない。こっちは『命のやり取り』をしているって言うのに。
源次郎と二人の軍人を順繰りに睨み付けながら近付き、ちょいと手前で溜息交じりに歩みを緩めると、源次郎の前で止まった。
「すいません」「ちんたらやりやがって。で、吐いたのか?」
源次郎は思わず首を竦めるが、バチンと一発は来ない。源次郎の手元にいる猫、井学大尉の方を睨み付けた。
「はい。こっちが井学大尉で、こいつが臼蔵少尉だそうです」
言葉に合わせて井学大尉の首がヒョイと上がる。トンと下がって指さしたのは、ぐったりしている白服だ。辰也は頷く。
「ほう。早ぇな。所属は? 三三の奴らだったら外に吊るしとけっ」
制服から『陸軍である』ことは理解していた。アンダーグラウンドでシマを荒している『第三十三部隊の奴ら』なら、交渉の余地は無い。何だったらここで火にくべても構わない。
「それがですねぇ、陸軍の第七三一部隊ってトコです。ご存じで?」
「はぁ? 知らねぇなぁ。聞いたこともねぇなぁ」
そんな『でっかい数字』の部隊なんて、存在したのであろうか。
ここで設定染みたことを説明するのは野暮かもしれないが、一応『七三一部隊』が世に知れ渡ったのは、日本が大東亜戦争で負けてからである。無敗の陸軍が牛耳るこの世界では、今も尚『七三一部隊』は秘密のヴェールとオブラートに包まれた存在だ。
「おう兄さん。所属は何処だぁ?」「陸軍は、第七三一部隊だ」
傷が痛むのだろうか。ぶっきら棒に答える。すると突然、辰也が井学大尉の胸倉を掴んで、グイッと持ち上げたではないか。
源次郎は思わず、軽くなった右手を離してしまった。
「おい『です』だろぉ?」「うぐっ!」「テメェ、これだけのことしておいて、次舐めた態度取りやがったら、火に叩っ込むぞっ!」
凄い迫力だ。『揺すり』がこんなにも『言葉通り』だなんて。
源次郎は、井学大尉に『辰兄を怒らせないように』と、注意するのが遅れ『申し訳ない』と思っていた。勿論『辰兄に』だ。
井学大尉は辰也に吊り上げられたままで返事が無い。しかし何度も頷いているので許されたようだ。ドンと落とされて、源次郎の方に放り投げられた。予想していた源次郎は、井学大尉を倒れないように支える。怪我させないようにではない。尋問を続けるためだ。
「そこでお前は何をしているんだぁ? えぇ? こんな所に突っ込んで来やがってよぉ? えぇえぇ?」「すいません。部隊長専属の『ヘリ操縦士』です」「嘘付くなっ!」「うぐっ!」「だったら、こいつが『部隊長様』なのかぁ? おいっ! 見え透いた嘘付くんじゃねぇっ! こいつぁ『少尉』じゃねぇか! お前、本当は三三じゃねぇのかぁ? ココで何してたんだっ! こぉのクソがっ」
どうやら辰也は階級章を見て判るらしい。敬意は無さそうだが。
「部隊長の許可を得て、緊急の任務中でした」「ほぅどんな任務だぁ? まさか『吉原に行け』じゃねぇよなぁ?」「違います。ジャックされたヘリの撃墜です」「おいおい。それでこれかぁ? 追い掛けた方が墜落だなんて世話ねぇなぁ。おい調べろっ!」「へい!」




