海底パイプライン(百五十六)
どうやらここは『現代』らしい。井学大尉はまだ疑いながらも、そう結論付けざるを得なかった。
良く見れば、周りを取り囲む男達の着物。その柄が『二、三種類しか無い』なんてことが、あり得るだろうか。
帯に至っては全員紺で、雪駄だって全員同じ。元号はどうであれ、仮にも『江戸時代』ならそれは無い。一人として同じには成らぬ。
一瞬『流行』とも考えられたが直ぐに否定した。これらは『レンタル品』で、ここは良く出来た『テーマパーク』なのだと。
「作戦とは言え、済まなかったな。軍に連絡してくれ……」
両拳を降ろしてファイティングポーズを解く。振り返ってヘリが突っ込んだ現場を眺めれば、未だ炎上中である。
「判ってくれれば良いんだ。しかしなぁ……」
源次郎も拳を降ろし、優しい声で歩み寄る。周りの観客は『何だ。やらねぇのかよ』と白けてしまった。
「部隊長の石井少佐に連絡して貰えれば……」『ぐぅ!』
井学大尉が連絡先を口にして、振り返った瞬間だ。遠慮なくグーパンを叩き込むと、井学大尉は鈍い音を立てて吹き飛んで行った。
「一発は殴らせてもらうぜぇ」
観客が支えるかと思いきや、避ける間もなく足元に転がっただけ。正に『グゥの音も出ない』だ。これは死んだか?
そう思った観客の一人が腰を屈め、顔を覗き込んで見るが息はある。しかし『白目』になっていて、最早立ち上がりそうにない。
何だと思って立ち上がり、肩を軽く蹴って見たものの無反応。
どうやら一発で決着してしまった。つまらん。実につまらん。
「おい、そっちのも連れて来いっ!」「俺?」「そうだよっ!」
源次郎が客に指示している。先に転がった臼蔵少尉を指さしていた指を客の方に向け、笑顔でもう一度臼蔵少尉を指さした。
「おい」「あぁ。軍人さん、起こすよぉ」「意外と弱いんだねぇ」
すると巻き添えになった客が仲間の客に声を掛け、二人で臼蔵少尉を抱き起し、両肩を支えて歩き始める。
「うぅ」「どっから来たんだい?」「ちゃんと弁償してくれよ?」
話し掛けても臼蔵少尉は呻き声を上げるだけ。頷いているが、それは『詫び』なのか、それとも『錆び』なのか判別は不可能だ。
「ほらっ! 立てよっ!」『グフッ』「オラッ!」「うっ!」
こっちは一人で起こすつもりか。しかし手荒い。いや、足荒い。
腹を蹴り、目覚めた所でもう一発。三発目は『判った』と合図すると源次郎は寸止めにする優しさを示す。
すると井学大尉は頷き、自ら立ち上がる。頭を振っているので相当効いたようだ。後頭部を押さえているのは、受け身を取れずに転がったからだろうか。しかし源次郎に容赦は無い。
「ほら早く立てぇっ! 辰兄ぃを待たせんじゃねぇっ!」「うっ」
片肘を付いた所で更に蹴り。丸めた足の指先が腹に食い込む。
ガクッと手を付いた所で源次郎は溜息だ。井学大尉の後襟をグッと掴むと、強引に引っ張り上げて立たせる。それで肩でも貸してやるのかと思いきや、さにあらず。
子猫を掴まえたようにして、そのまま歩き始める。きっと逃げ出した女郎なんかも、そうやって来るのだろう。手慣れた感じだ。
「ほら歩けぇっ!」「……」「こっち見んなっ!」
チラリと後ろを見た井学大尉の頭をピシャリ。すっかり大人しくなった白服二人は、ちょんまげ達が集う『墜落現場』へと逆戻りだ。




