海底パイプライン(百五十一)
ヘリが階段を使わずに一階まで降りる間に、館内の人間も外へ避難していた。誰も彼も『やり逃げ』である。こういうときに『焦らさないでパパっとやっておけば』と、後悔しても後の祭り。
次の予約では是非『ヘリが突っ込んで来るか』を良く確認して貰ってだね、それでも『突っ込んで来る時間近く』になってしまったら、そりゃぁもう『パッパッウッ』と済ませてしまった方が賢明だ。
「雨だぁっ!」「キャァァッ!」「イヤァァァッ!」「えぇえっ!」
声を聞き、驚いたちょんまげの男が玄関口で足を止めた。早く外へ逃げなければ、いつ焼死してもおかしくはない状況でだ。
しかし首を横に振って直ぐに飛び出す。この町は『室内』である。雨が降ってくる訳が無いのだ。スクリンプラーに決まっている。
『ポツポツ』「ですよねっと。ほらぁ。溶けてなぁい」
何やってんだか。しかし頭では判っていても、やっぱり怖いのが人情。誰だって今までは『雨で溶けたことが無い』のだから。
指を丸め拳にして軒先から雨中に晒し、『溶けないこと』を確認せずには居られない。それも利き腕とは逆の左手で。
男は首を竦めて外に飛び出した。何だ。やっぱり『只の水』だ。『出の悪いシャワー』と、大して違いは無いではないか。
「おう源次郎。無事だったか。こっちだ」「あっ、辰兄もご無事で」
辰也の声に気が付き源次郎は踵を返す。一礼しながら近付くと再度礼。いや、辰也の『右手の先』を『何だ?』と見ただけか。
瓦礫の下から引っ張り出したであろう『男の帯』を、むんずと掴んだままであるからにして。生きているのか死んでいるのか。
「これって『雨』じゃないですよね?」「はぁ? たりめぇだっ!」
「ですよね」「雨だったらとっくの昔に溶けちまうだろうがYO!」
頭をパチンと一発。普通の会社だったら『セクハラ』じゃなくて、『モラハラ』じゃなくて『カゴハラ』でもなくて『クロイソ』でもない。まぁ『何とか腹』と訴えられるかもしれないが問題無い。
何せこの団体にある『ルール』は『上の者が常に正しい』という暗黙の了解があるだけ。それに今の一発は『笑いながら』だし。
「早くお客様を『安全な場所』に避難させろっ!」「はいっ!」
客商売なのだから当然だ。真顔になって右手を前に突き出した。
するとまるで『手荷物』のように、『ホイッ』と渡された形になった男だが、今更ながら顔に当たった『雨』に驚き始める。
「ヒィィッ雨っ!」「さぁわぁぐぅなっ!」『バシンッ!』「……」
思いっきり叩いたのはケツである。客も『騒いだら殺される』と思ったのだろう。聞こえた声も見えた顔も怖い。
思わず目を背けると『さっきまで居た場所』が見えて、それが一番恐ろしいことに気が付いた。肩がブルっと震えて振り返った。
「ありがとうございます。助かりました」「おぅ。無事で良かった。ほら源次郎。ご案内して差し上げろ」「はい。どうぞこちらです」
辰兄の手を離れた客は、着ていた着物を直しながら、辺りをキョロキョロし始めた。実は遊女を騎乗位にしてお楽しみ中だったのだが、遊女の方が自ら落馬して先に逃げ果せたのだ。知らんけど。
「朱美ちゃんは、避難所に居ますかねぇ?」「いや判らんです」
源次郎は済まなそうに首を傾げた。正直どの『朱美』か判らん。
どうせ避難所で『続行』と思案してのことに決まっている。
「そうですかぁ。可愛い娘だったのになぁ残念。無事か心配だなぁ」
「生きてればまたって、あれっお客様、血出てますよ?」「あっ!」




