海底パイプライン(百四十七)
金属が擦れる音が止むと、今度は瓦屋根が飛び散る乾いた音が。その次は木がしなり、豪快に折れる音も。大騒ぎだ。
しかしふと気が付いて、井学大尉は目を開けた。
「生きてる? 助かったのか? おい、少尉、臼蔵少尉っ!」
名実共に『墜落した機の機長』としての責任か。
人生で二度目の墜落である。しかし今度は初回とは違い『同乗者』が居る。自分の命よりも先に臼蔵少尉のことが気になった。
何せ自分より前に居て、前から突っ込んでしまったのだから。気にならない訳が無い。
『バキバキバキッ』「うわぁぁぁっ!」『キャーッ!』『何だぁ!』
割れたキャノピーの向こうから聞こえるのは『爆音』だけではない。『それ以外の誰か』の声も混じっている。一人二人ではなく。
目の前に現れたのは『明らかに家屋』で、畳もあれば障子もある。
『こんな所に何が? 俺はタイムスリップしてしまったのか?』
何しろ逃げ惑う人の後ろ姿は皆『着物』で、いや殆どは『裸』なのだが、腕に引っ掛けているのが、という意味で。
それに女性の髪型も皆古風。日本髪で頭には簪。一体ココは……。
『ボォォォォンッ!』「うわ近いっ! やヴぁっ!」
爆音が耳を劈き、慌てて首を竦めた。しかし縮こまっている場合ではない。燃えているのが『自機』であるのは明らかなのだ。
それに周りには『燃えやすい物』が沢山ある。早く逃げなければ、墜落からは生還しても、火災で死んでしまう。
「臼蔵少尉っ! おい起きろっ! 目を覚ませっ!」
手を伸ばしてみるが動けない。慌ててシートベルトを外す。
しかし下がり続けるヘリの中で、井学大尉は直ぐに冷静さを取り戻していた。確かに訓練とは違うが、困難な状況の訓練は経験している。だから『まだ助かると思える余裕』があった。
実際目の前に『火が広がっていない』というのもあるだろう。
『ドスンッ!』「おわぁうぐっ!」「うっ、うーん。はぁ?」
前から落ちた。前のめりになっていた井学大尉は、胸をしこたま打ってしまったが、シートベルトを外していたのだから仕方がない。
寧ろ臼蔵少尉の方が、衝撃で目を覚ましたようだ。ゆっくりと顔を上げて、変わり果てた外の様子を伺っている。
「ここは天国ですかぁ?」「違うっ! 逃げるぞっ!」
きっと見えたのが『女性の裸』だったのだろう。しかし見えたのは背中であったはず。それでも臼蔵少尉が『天国』と勘違いしたのは、はだけた着物が『天女の羽衣』にでも見えたのだろう。
「逃げる? あのぉ『追い掛ける』ではなくてぇ?」
「馬鹿者っ! 何を言ってるんだっ! 燃えちまうぞっ!」
頭を打っておかしくなってしまったのか、それとも通常運転か。
井学大尉は声の調子から後者と見て少し安心する。臼蔵少尉は、元々『こういう奴』だった。頭の中は年中春のお花畑だ。
「あぁ大尉殿ぉ。私、何か『壁に当たる夢』を見てたようでしてぇ」
改めて周りを見渡せば酷い状況だが、少なくとも圧死ではない。
「それは済まない。事実だ」「えっ、ではここは、まさか地獄ぅ?」
振り返った瞬間、目に飛び込んで来たのは『真っ赤な炎』だ。
「うわ地獄だぁっ! まだ悪いこと、何もバレてないのにぃっ!」




