海底パイプライン(百四十五)
井学大尉は敵を追い詰めながらも、ある種の違和感を覚えていた。
何せ『最後の登場シーン』は四カ月以上も前の『アンダーグラウンド掃討作戦(五百二十九)』で、おまけにセリフは無し。
それで何故『尚も飛んでいるのか』であろう。なぁに。井学大尉が気にする必要など無い。『著者の都合』に他ならないのだから。
「さっきから一体、何をやっているんだ?」「えっ? 狙いを定めている最中ですけど?」「いやそうじゃない」「はぁ?」
井学大尉は著者の都合など与り知らぬと、暗闇の中『前のブラックホーク』を凝視していた。暗視眼鏡も使わずに。
「ライトを消して何をしている?」「弾が当たったんですかねぇ?」
臼蔵少尉の返事は早い。しかし『同意の言葉』が遅い。いや無い。
どうやら『不正解』のようだ。そのまま左右に揺れる機内で、照準を合わせる操作を続けるしか無いのか。
「だとしたら、大したもんだ」「有難うございます」
随分と間があってからのお言葉。これは『井学大尉からお褒めを頂いた』と考えて良いのだろう。直ぐに『お礼』だ。
「な訳ねぇよ」「酷いなぁ大尉殿ぉ!」「だって後ろからだぞぉ?」
バルカン砲を幾ら連射したって『今日初めてトリガーを引いた奴』が、『ライトだけ』を綺麗に撃ち抜ける訳が無い。射撃を舐めるな。
しかも『前に向けているライト』を後ろからだ。手首の捻りを加えながら発砲した所で、『曲がる角度』などたかが知れている。
「で・す・よ・ねぇ」「そりゃそうだよ」「じゃぁ、どうして?」
ヘリの操縦は無理にしても、臼蔵少尉は士官学校卒なのだ。当然数学だってそれなりに出来る。微分積分何てホホイノホイだ。
だから『回転するバルカン砲の弾』がどれだけの空気抵抗を受け、直径何メートルの円を描けば『ヘリコプターの前に回り込めるか』を計算することなど造作もない。あとは紙と鉛筆さえ有れば。
「BZの本拠地ってココだよな?」「えっ? 岡山じゃ無くて?」
「はぁ? 何を言ってるんだ。ちげぇよ『ブラック・ゼロ』だよ」
「あぁ、東京地下何とか軍の?」「そうだよぉ」「すいません」
顔を顰め、思わず舌打ちだ。『スペルも発音も違うだろうが』と思うがそれは口にしない。
どうも『間抜けな回答』は、集中力を阻害する。
「もしかして『下から狙い易く』かぁ?」「俺達を?」「そうだ」
敵のヘリは、今まで散々『トリッキーな飛行』を目の前で披露して来た。故に『今の状態』も、わざとライトを消し、わざと天井スレスレを飛んでいる。と思った方が良い。つまり『わざと危険な飛行をしている』のが『違和感の正体』なのだ。
パイロットは皆『無理な飛行』なんてしない。機体の性能を熟知し、あくまでも『スペック内で出来ること』をしているのみ。
だとしたら敵のパイロットは、『ブラックホークの達人』になってしまうのだが。いやいや。それはちょっと考えにくい。
そもそも日本に『殆ど存在しないヘリコプターの操縦』を、まるで『製造元のアメリカ軍のよう』に自在に操る日本人など、テロ集団と言われる組織の中に居るのだろうか。
「敵さんは地対空ミサイルなんて、持ってますかねぇ?」「あっ!」
今の答えは珍しく『的を得ている』と思えてしまった。苦笑いだ。
すると次の瞬間、敵のヘリが忽然と消えてしまった。井学大尉の動体視力は辛うじて『左下に居る』と追えただけ。前を見て驚く。




