海底パイプライン(百四十三)
人工地盤上から吉原ビルを見ると、それはショッピングモールのような一続きの巨大な建物である。一歩入ればご想像の通り、華やかなネオンが怪しい光を放ち男共を引き寄せる。
そこは『一見さん大歓迎』で庶民向けの歓楽街だ。そして夜は華やかでも、朝になればサッと誰も居なくなる。
「ねぇ、太夫さんはいつ戻って来るの?」「姉さまは今宵、花魁道中にお出ましですねん。戻って来ないでありんす」「へぇー」
一方のここ『吉原アンダーグラウンド』は『常に夜』である。
吉原地区をぐるっと取り囲んでいた堀の外側に、今は巨大な壁がそそり立つ。江戸時代を再現した街を歩く人は、全て『着物』に限られ、こちらは『一見さんお断り』である。
地上でしこたまお金を使った『太客だけが中に入れる』との噂はどうやら真実で、そもそも存在自体が『公然の秘密』なのだ。
「近くでご覧になりたければ、この先は『別料金』でありんすが、如何いたしましょうか?」「えぇえ? そうなのぉ?」「はい」
これだけの街を維持するには、それなりにお金が掛かるのは判る。
「どうするぅ?」「凄い美人なのかなぁ?」「それはもう」「おぉ」
悩んでいるが、案内人から見て今日の客は『ダメっぽい』と判る。
確かに追加料金を払って、『華麗なる花魁道中』を見れたとしても、そもそも『洋装の見学者』は、街の中に入れない。
見学者用通路より『マジックミラー越し』に眺めるだけなので、太夫と目すら合わせられないのが実情である。
「ここからでも見えるの?」「はい。メインストリートを練り歩いて来なはるので、ご覧頂けます」「じゃぁ良いか」「そうだなぁ」
やはり予想通りだ。それでも案内人は嫌な顔をしたりはしない。
例え『売上成績』に影響があるにしたって、『案内人お仕事』なんて、安い手当てしか望めない。そもそもがっつりと客を引っ張れるのなら、こんな所で案内人をするだなんて、店が許す筈もない。
「上からだと傘の陰になって、ご尊顔は望めませんが?」「あっ!」
笑いながら『一応言ったからね?』な感じに、客達は顔を見合わせた。全体を眺めるか一部を鑑賞するか。ここは鑑賞で。だったらもうちょっと低い所の方が良いと思えて来た。
「少しでも下に行く?」「でも人垣に阻まれるかもよ?」「成程ぉ」
客の中に『少しだけ冷静な奴』が居たらしい。実は判っていた案内人は、心の中で『ちっ』と呟きながらニッコリと笑う。
『ドッガァァァンッ!』「キャァァァッ!」「うわっ何だっ!」
突然爆音がして壁際が光った。通気口だろうか。丸い穴が見える。するとその穴から『巨大な換気扇』が飛び出したではないか。
音の方を向いた客達は全員肩を竦め、膝をガクッとさせて驚いている。案内人は袖で顔を隠し、隙間から一部始終を目に焼き付けた。
『ドォォンッ!』『バリバリバリィ!』『ガランガランガランッ!』
信じられない。換気扇の羽が壁際の家屋の屋根に刺さったのが見えた。しかしそこで止まらずに、尚も回転しながら屋根を引き裂いて行く。屋根瓦が紙吹雪のようだ。まだ回転を続けながら勢い良く転がり続け、通りの向こう側に突き刺さった。一体何事であろうか。
『チュィンチュィンチュィン!』『グワッシャァァァンッ!』
信じられないことは尚も続く。見えたのは何とヘリコプターだ。




