海底パイプライン(百四十一)
「所で、何処へ向かっているんだね? こちらに空港は?」
大湊駅を急ぎ出発したジープが走って行く先は、何故か西である。
乗り心地の悪いジープであるが、石井中佐はこのまま三沢基地まで揺られて行くものと思っていた。方向がまるで逆である。
「大湊基地です!」「あそこはヘリ専門なのではないかね?」
石井中佐は顔に似合わず『高所恐怖症』である。だからこそ高速貨物列車に乗ってやって来た。事情が事情だけに、飛行機で東京に向かうのはやむを得ないが、井学大尉が操縦するヘリ以外に乗るのは初めてであり、一抹の不安がぬぐい切れない。
「小型機を用意してますのでっ!」「それで東京までかぁ?」
疑問とも苦情とも取れる石井中佐の問いは、至極当然である。
何故なら説明を始めた助手席の男は、人差し指をクルクル回して『乗機頂くのはプロペラ機です』と、明示していたからだ。
振り返って頷いて見せた顔は至って真顔。どうやら本当らしい。
「三沢でジェットに乗り換えて頂きますので」「あぁ。それなら」
納得だ。石井中佐が頷いたのを見て助手席の男は前を向く。
旅程が明らかになった所で、今度は石井中佐の質問が始まった。
「生きているんだろうな? 怪我の具合は?」「それがですねぇ」
バックミラー越しに目が合って、そこで話始める。
「墜落現場が『千束四丁目』でして……」「そんな所でかっ!」
「はい。レーダーから消えたのが亀戸で、墜落したのが千束って、『一体どうなってんだっ!』てまぁ、大騒ぎになっておりまして」
「じゃぁ残骸は見つかったんだろう? だったら救助されたのか?」
「先程のご説明で『アンダーグラウンドを飛んだ』であれば、司令部も多分『納得して頂ける』のではないかと思うのですが……」
「結構な距離だな」「はい。いやぁアンダーグラウンドで『ヘリを飛ばす』だなんて、井学大尉は随分と『お上手』なんですねぇ」
「当然だ。彼は元々『空母搭乗員』だからな」「そうなんですかぁ」
「あぁ。私が直々に引き抜いて来たんだ」「あぁそれで」「うむ」
二人の出会いについて助手席の男は納得して頷いているが、石井中佐は一つも納得なんて出来ていない。兎に角先ずは安否だ。
「彼は私を庇った怪我から復帰したばかりでな。また怪我とは」
「いやまぁ司令部が『前代未聞だっ!』とまぁ、少々荒れておりまして、どうも詳細については、要領を得ないのですが……」
非常に気まずそうに話している。もしかしたら『本日付けで中佐に昇格』したのに、司令部に戻ったら『降格していた』なんてことも有り得る。と思っているのだろうか。だとしても、石井中佐にしてみれば、そんなことはどうでも良いことだ。
「人命が掛かっているのに『要領を得ない』とは、なんだっ!」
育ちが良いので、後ろから助手席を蹴ったりはしない。
ただ少しだけ強い調子で一喝しただけである。それでも助手席の男は、バックミラーから目を逸らして肩を竦めてしまった。
彼にしてみれば『罪人のお迎え』なんて、『損な役回り』位にしか思っていないのだろう。
「生きてはいるみたいです」「何だそりゃ。生きていはいるって。まぁ良い。何処の病院だ? 第一に連れて行け。あそこの院長は私の後輩だ」「いえ、お見舞には行かれません」「何だ。手術中とか? 絶対安静とかか? いや手術なら私が執刀してやる。電話して準備させとけ」「いやそれも」「何故だっ! 私は医者だぞっ!」
まだ見ぬ『怪我の縫合』のイメトレを中断して叫ぶ。すると助手席の男が振り返ったではないか。非常に困った顔をして。
「あのぉ大尉はですねぇ、今『人質』と、なっておりましてぇ……」




