表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1325/1533

海底パイプライン(百三十八)

 石井少佐は人知れずあくびをした。咄嗟に『考える振り』をして口を覆ってみたものの、奥歯をグッと噛み締めてやり過ごす。

 キリっとした顔の石井少佐を見れば、『今あくびをした』などと思うまい。そんな『間の抜けた顔』など誰にも見せはし無い。


「そろそろ到着ですかな?」「えっ? あっ、そうですね」

 突然声を掛けられた形になってしまった佐々木車掌は、随分と慌てた様子だ。首を振って見た先は『時計』ではなく『外の景色』だ。

 そこには『見慣れた風景』が流れていた。終点はもう直ぐ。

「少佐殿。今日は良い天気になりそうですね」「そのようだね」

 改めて時計を確認すると、こちらも定刻通りだ。何も問題はない。

 数少ない会話を卒なくこなして、佐々木車掌はもう一度窓の外を眺めた。なぁに。今は机の前で目を開けたままウトウトしていただけ。赤川駅を通過した後の『踏切の音』、ましてや新田名部川や田名部川の『鉄橋を渡る音』で、目が覚めない訳が無い。


「空気でも入れ替えますか」

 立ち上がって窓辺に立ったのだが『後ろからの返事』が無い。

 以前ドアを開けた際、石井少佐が手にしていた書類が散ってしまい怒られたことがある。いや『怒られた』と言うのは佐々木車掌の『受け取り方』であって、実際は『開けるなら一言頼む』と、あくまでも『協力的なお願い』をされたに過ぎないのだが。まぁ同じか。


「少佐殿?」「んん?」「あのぉ。窓を?」

 振り返って石井少佐に確認を求めると、右手で口を覆い、何か『考えているご様子』ではないか。いけない。これは邪魔をしてしまったのだろうか。この『高速貨物列車・東鱗号』を、石井少佐は『思考を巡らせるのに丁度良い』とご愛用である。実に有難いことだ。

 それを単なる『窓開け』で邪魔したとあっては、上から何て言われるか判ったものじゃない。

 ただでさえこっちは『気を遣っている』と言うのに。


「あぁ。開けたまえ」「では失礼して」「アインビッフィン」

 開けようとした佐々木車掌の手が、ビクっとなって止まった。

 今何か『知らない単語』が後ろから聞こえたからだ。『津軽弁』と『南部弁』のバイリンガルである佐々木車掌にも判らないとは。


「今のは?」「ん? 今の? あぁ『ドイツ語』で『少し』だ」

 それを聞いて佐々木車掌は頷く。ドイツ語を話すのはどいつだと。

「そう言えば『お医者様はドイツ語を使う』のでしたね」「うむ」

『こいつ』とは言えないが、それでも安心して窓を『少し』開けた。

「どうしてお医者様はドイツ語なんでしょうか?」「と言うと?」

 大丈夫だバレてない。少佐殿は別に『ご機嫌斜め』な訳でもない。

「英語なら、まだ何となくでも『使える人』が、多いのになぁと」

 だから佐々木車掌も気楽な感じで質問してみた。肩も竦める。

「あぁ。日本では古い医学用語が、ドイツ語だったからね」

 軍事作戦ならいざ知らず『医学に関する雑学』ならと応じた形に。

「そうなんですかぁ」「中には日本語に翻訳しないで、ドイツ語のまま使われた医学用語もあるからねぇ」「ほぉ。それは大変だ」

 医者は『頭が良くないとダメな理由』に納得して頷く。成程だ。

「だからカルテに書くときもドイツ語なんですねぇ。サラサラっと」

 佐々木車掌は『羽付きのペン』で書いている素振りをしてみせる。

「それもあるが、車掌さん?」「はい。何でしょう?」

 丁度鉄橋を渡っている所だった。振り返れば石井少佐は困り顔だ。

「そもそも『カルテ』がドイツ語だからね?」「あっそうだったんですか。それは失礼しました」「いや良いんだ」「後方ヨシっとぉ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ