海底パイプライン(百三十七)
漫画だったなら『砂煙がもうもうとしていた』かもしれない。
その上煙の中からいつの間にか出て来て、体に付いた砂埃を軽く掃う。後はにっこり笑いながらそっと立ち去ると。なぁんてことも有り得る状況だ。しかし現実は余りにも無情であった。
「一応、顔と手は止めとけ」「放せこらっ!」「じゃぁ腹は良いんだな」「グハッ」「こいつ『中佐』だってよぉ」「んな訳ねぇっ!」
遠慮なく腹をやられて、黒井の体が『くの字』に折れる。椅子に座っているので『既にくの字では』の疑義も。なら『更に深く』という意味で。そもそも体はシートベルトで椅子に固定されているのに、その上座席ごと羽交い絞めにもなっているのだから堪らない。
無事に着陸した黒井にしてみれば、理不尽極まりない。『墜落したとき』より強烈な一撃を腹に食らい、完全に意識を失ってしまった。いや『人としての形』は保ったままだから『手加減』はある。
「起きろォッ! おらぁッ!」『バシッ』「うぅうぅ……」
張り手一発で目が覚めたとき、黒井は椅子に座った状態で、きつく縛り上げられていた。相手を見た瞬間、黒井は右拳を繰り出す。
しかし動いたのは肘だけ。瞬時に左も。何だこっちも。当然か。
「ウゥウゥ! ウゥウウゥッウウウウウウウゥッ! ウウウウゥ」
見事に猿ぐつわまで。翻訳するなら『解け。纏めてぶん殴ってやるから解け。この野郎』であろうか。又はそれに準ずる汚い言葉だ。
「目が覚めましたぜぇ」「やっぱり縛っといて正解だなぁ」
見えたのは黒井よりも若い奴らだ。下は迷彩服のズボンだが、上は白いランニングシャツのマッチョ。如何にも『暴力大好き』な感じ。当然喧嘩になったら上半身は裸。その二人が薄ら笑いで近付く。
「おぉおぉ。元気が有り余ってんなぁ」「それがいつまで持つかな」
黒井の顎を下から叩き、上から黒井を見下ろしている。
一方の黒井は食って掛かる程に元気だ。しかし二人は自分達が椅子に固定した黒井が、当然『動けない』と確信しているのだろう。ニヤニヤ笑うばかりだ。当面の『悩み』は、この後のお仕置きを『何にするか』であろう。一番の武器が『拳』であることだけは確か。
そんな二人だが、黒田が近づいて来ると態度が急変。敬礼だ。
「何にも知らずに『こんな所』へ連れて来られたんだから、ちょっとは大目に見てやってくれなぁ。どれ。大した怪我はしてないな」
黒田は別に怒ってなんかいない。寧ろ黒井を気遣ってまでいる。
二人は思わず顔を見合わせた。普段から大佐を『神』と崇めている奴らにしてみれば、これは一種の『宗教戦争』なのだから。異教徒への制裁は、これ『救済活動の一環』であることは明白。
しかし神は偉大。異教徒を『許せ』と思し召しなのだから。
「ハッ。大佐がそうおっしゃるならっ!」「異議は御座いません!」
すると黒田は頷いて『休め』を指示。二人は休めの姿勢に。
黒田はテーブルの前にあった椅子を引っ張り出して、黒井の前にドカッと座った。右手はテーブルの隅に置いて足を組む。
「海兵隊へようこそ。黒井中佐。こちらは三浦少尉と松原少尉だ」
黒井の目を見たまま振り返らずにいる。右手をテーブルから離して、マッチョの男二人を順番に紹介する間も。二人は『階級』を聞いた途端、顔を見合わせて驚いている。『やっちまった』かと。
いや、どうやら『名前が逆だった』らしい。ノンノン正解だ。何しろ『神のお告げ』なのだから、今から名前をチェンジするしか。
「一応作戦だけ伝えておこうかなぁと思って、ココへ連れて来た」




