海底パイプライン(百三十三)
「冗談だよ。冗談」「何だ。脅かすんじゃねぇよ」
黒田が腕を縦に振り、笑いながら言ったものだから黒井も安心する。場の空気が急に『穏やか』になった気も。
まるで突然厳しい冬が終わり、『暖かな春』が訪れたやふに。
「信じたのかぁ?」「いいやぁ? じじぃの言うことなんて、これっぽっちも信じる訳ねぇだろうがぁ」「おいおい酷い言い様だなぁ」
黒井はちらっと横を向き、人差し指と親指で『サイズ』を表しながら言ってやる。馬鹿にして片目を瞑りながら。
言われた黒田は怒るでもなく、そっくり返って笑っているではないか。どだい『空母を獲りに行く』なんて、無茶なことだったのだ。
「F2は空母に着艦出来ないのもそうだけど、整備も出来ないから勘弁してくれ」「はぁ? そっちぃ?」「何だと思ったんだよ。あと、お得意の『ミサイル』も無理だから。『五百ポンド』ならなぁ」
黒田が笑いながら黒井を指さしている。さり気なく『お返し』か。
今言った『ミサイル』は、『こっちの世界の黒井がぶっ放したこと』に対する、明らかな冷やかし。後の『五百ポンド』とは、約二百キロの爆弾を意味している。どちらも当たると結構痛い。
「おいおいおいぃ。あぶねぇモンを持ってくんなっ! 死ぬぞっ!」
「大丈夫だよ。取扱説明書も、一緒にかっぱらって来るからよぉ」
ブラックホークをかっぱらって、逃げている最中に言うことか?
そう言えば、コイツの『取扱説明書』は何処かにあるのだろうか。あと、整備マニュアルも。黒井は何にも責任持てないゾッ!
「戦争でもおっぱじめる気かぁ?」「さっきからそう言ってるべぇ」
元F2パイロットの黒井にしてみれば、開戦に際して愛機が手に入らないのは『残念』と言うべきか。それとも、整備も碌に出来ない機体で『飛びたくねぇ』と思うだけか。
兎に角渋い表情で正面を向き、ヘリの操縦を続けている。
「でも、雨が降ったら溶けちまうんだろぉ?」「あぁ。まぁなぁ」
黒井は戦争なんてしたくない。だから思い付いて言っただけ。
「そんなんで野戦とか塹壕戦とか、出来んのかよ」「溶ける溶ける」
少なくともパイロットは、戦闘中『雨に濡れない』かもしれないが、それでも『雨に濡れた機体を触っても溶ける』のだとしたら大変だ。基地に戻っても、雑巾がけをしてくれないと降機できぬ。
ちらっと黒田の方を見れば、黒田も『雨』のことを言われると『打つ手』が無いのか、困っているようにも見える。
「聞いたことねぇぞぉ? 『雨が降ったら休みます』なんて戦争はよぉ」「確かに無いわなぁ」「俺はそんなの嫌だからなぁ?」
すると黒田の顔がパッと明るくなって、黒井を何度も指さす。
「何だ。休みは多い方が良いじゃねぇか」「いやそういう意味じゃ」「真面目だなぁ好きだぜぇ? 月月火水木金金♪」「だから違うってっ!」「いやいや違くねぇ違くねぇ。指揮官に良く言っとくわぁ」
勝手に黒井の休みが無くなってしまった。流石はブラック・ゼロ。
「ぜってぇ参戦しねぇっ!」「まぁ待て」「うるせぇ! じじぃ!」
「要するに、雨に濡れても溶けなければ良いんだろぉ?」「はぁ?」
突拍子もないことを言い出して黒井は驚く。いや、そもそも『雨に溶けること』自体が突拍子もないことなのだ。普通に戻るだけ。
「十分な燃料をガメたらなぁ? パイプラインをカットする」
黒田の言っている意味が黒井にはさっぱり判らない。しかし黒田の手の動きで『爆破するんだ』とは何となく判った。えっマジで?




