海底パイプライン(百三十一)
黒井は渋い顔で黙ってしまった。言い返せない。
確かに戦争中に『核爆弾』が使われたのは事実。それで『核戦争』と言われても、一方的にやられただけなのだが。
確か前にも『ちゃんと説明した』はずなのだが、どうやら『一般市民の頭上に投下した』と言うのが信じられなかったらしい。
「まぁ、良いっすよ。何か良くないけど、そこで争う気はないっす」
黒田にも原爆資料館の展示を見せてやりたい。いや、見せたら余計に『世紀末世界』を彷彿とさせるだけか。
こっちの世界だと、ロシア帝国領のアラスカに抑留されている日本人を救助する艦隊に向けて、水爆が使われた実績がある。
艦隊は旗艦である戦艦長門を残して全滅し、恐怖を感じたロシア帝国は『轟沈の実績欲しさ』か、ご丁寧にもう一発落としたそうな。
流石の長門も水爆の二発目を食らった後に沈没。故に『証拠』は全て深い海の底である。『後世に悲惨さを伝える遺物』は何一つ無いままに、大日本帝国も今や核保有国のなのだ。
「何だよ。男ならちゃんと争えよ」「良いんですって」「判らん」
半ば呆れて首を横に振る黒田である。事情は黒井にだって判る。
黒田にしてみれば、当時多くの仲間が戦死したことは事実。忘れろと言われたって、決して忘れはしないだろう。忘れる訳が無い。
休戦中となっている今だって、『ロシア帝国憎し』の感情を捨てきれていない。
「その『海兵隊の再編』とやらに、こんなヘリ一機で一体何をするんですかぁ? 機関銃の弾だって、撃ち尽くしちゃったしぃ」
「やっぱ知りたいんじゃないかぁ」「じゃぁ、もう聞かないっす」
黒井は語気を強め『本気で言ったつもり』なのに、黒田は相変わらず悪戯っぽい顔で『フフン』と笑っているだけだ。
どうせいつも通り『極秘だ』とか言って、『作戦を話す気』なんて無いのだろう。黒井は語気を強めて『念押し』だ。
「ちゃんと説明してくんないと、俺、降りるっすからねぇ?」
「何言ってんだ。燃料補給して、やっと飛んだ所じゃねぇかぁ」
やっぱり黒田は、今の黒井の気持ちなど理解していなさそう。
黒井にとって『ブラック・ゼロ』は、『虐げられている市民の味方』であった。しかし『海兵隊に協力すること』は全く違う。
どうせ『ロシア帝国との休戦協定』を反故にして、『北海道に攻め込もう』と言い出すに決まっているのだ。丸腰の輸送ヘリ一機で。
そんなの、単なる『自殺行為』に過ぎないではないか。
『やって欲しければフル装備のF2を燃料満タンにして持って来い』
と、喉まで出掛かっているが、それは口にしない。
黒田とペアを組み、今までやって来たことは一旦忘れて貰いたい。
黒井はまだ『専守防衛』と『法令順守』が信条であり、『自衛隊員としての矜持』をまだ捨ててはいないのだから。
「俺、本気ですからね?」「おっ、遂に本気を出して来たかっ!」
黒田はまだ判っていなさそうなので、黒井は大きく息を吸った。どうやら『降りる意味』について、きちんと説明すべきだと。
「このヘリでなぁ? 今度『空母』獲りに行くんだよ」「はあぁ?」
吸った息の全てを使って全力の『更問』をしていた。思いっきり横倒しになったヘリを慌てて立て直す。横の黒田は笑ってやがる。
「おっ良い反応! 是非『お前の本気』って奴を、見してくれっ!」




