海底パイプライン(百二十九)
「燃料、全部入りましたぁ」「有難う。助かったよ」「いえいえぇ」
給油係の報告に黒田が手を上げて答えた。すると紹介も無しに、パパっと運転席に乗り込む。まるで『ガリソンスタンドの店員』のような作業着姿なのが気になる。
お辞儀はしているものの敬礼は無し。きっと一般人なのだろう。
「ではお気を付けて。良いフライトを」「基地で会おう」「はい」
高瀬少佐も『置いて行かれる』と思ったのだろう。黒田に敬礼をしてヘリから離れた。どうやら見送りは無いらしい。
別に『寂しい』なんて言わないが、余韻に浸る間もないのか。せめて『オイルが飛び散っていないか』とか、診て欲しかったのに。
「回してくれ。さっさとずらかるか」「やっぱり不法占拠ですか?」
乗り込んで来た黒田に、黒井は念のため聞いてみる。すると意外にも『渋い顔』をしたではないか。順法意識があるのか?
「何だ『やっぱり』って。別に場所を『借りただけ』だよ」
法を守る気など、やはりこれっぽっちも無かった。
車の方々もそれは一緒か。既に車の方は、パイプラインの中継所をさっさと出て行ってしまった。と、思ったら急停止。勢い良くドアが開いて、高瀬少佐が降りて来たではないか。
そのドアを開けっぱなしにして、急ぎ走って来る。『忘れ物か』と思いきや、そうではない。ちゃんと『施錠』しているだけだ。
「不法なんですね?」「心外だなぁ。『占拠』なんかしてないぞ?」
唸り始めたエンジン音のせいで良く聞こえない。どうせ言訳だ。
黒田は渋い顔をしてテイクオフ。金網のフェンスに囲まれた中継所を後にする。今度こそ『平和な飛行』になることを祈るばかりだ。
「低く飛べ」「やっと『外』へ出たのにぃ? 東京観光はぁ?」
黒田にしては『まともなこと』を言う。
しかし黒井にしたって、別に『観光をしたい』なんて思ってはいない。アンダーグラウンドで『逃げ切った興奮』も覚め止まぬ今だからこそ、警戒心が強くなっていた。
「お前が『最後の飛行』にしたければ良いが」「勘弁して下さい」
軍は『飛ぶはずのないヘリを強奪されるという突発事件』にも、間髪入れず『攻撃ヘリを差し向けた』のだ。だったら、今頃はもう『戦闘機の手配が済んでいる』ことも、十分に考えられる。
「なるべく荒川の上を飛んで行け」「目的地が川沿いなんですか?」
黒田の指示に従い高度を下げた。荒川の堤防が真横に見える。
もしココで『対空ミサイル』なんて飛んで来たら、一貫の終わりだ。絶対に逃げられない自信がある。だから低く飛んで、橋の下を潜ったりしていれば、まだ『撃って来ない』かもしれない。
しかし今度は、地上からの攻撃に備える必要があるだろう。河原から『バチコーン』と撃って来られたりしたら、やっぱり逃げられない。早いとこ『目的地』に着いて、役目を終えたい一心だ。
「いや、川の上なら、俺だけは助かるからさぁ」「これだよぉ」
自分だけは助かろうとする気持ちを、黒田は全く隠さない。そう言う奴だった。黒井は渋い顔で睨み付けるが、動じる様子もない。
「所で『海兵隊』って言ってましたけど」「そんなこと言ってた?」
「はぁ? 言ってましたよね?」「ちっ。お前海兵隊、知ってんだ」
「何ですか『ちっ』てぇ。知ってますよぉ」「じゃぁ『ソレ』だよ」




