海底パイプライン(百二十四)
どうやら朱美は、ロッカールームに閉じ込められてしまった。
コンピューターの指示に従い、私服からメイド服に着替えた。今からその逆をするはずが、シャットダウンしたお陰で制御が止まってしまっている。と推測。しかしどうやら、それは確信へと変わる。
ここで『誰のせい』かは知らない。知っているけど責任は取らない。責任者出て来い。出て行けない。どうしようも無い。
「誰かぁ。もしもーし。誰かいませんかぁ」
これを三回。ロッカールームを三往復しながら繰り返した。
しかし誰からも返事が無い。そりゃそうだ。シャットダウンさせてしまった『人工知能三号機』は、起動するために『薄荷飴』全員の認証が必要となる。
メンバーである朱美が、何故か場末のロッカールームに、しかもよりによって『メイド服姿』で閉じ込められているのだから。
「誰かぁ。もしもーし。誰かいませんかぁ」
仮に『メイド服姿のまま』出られたとして、エレベーターホールまで無事歩いて行けるかは疑問が残る。
大勢の社員が見ている中を歩いていれば、直ぐにスマホを取り出して『撮影される』のは確定的。寧ろされない方がおかしい。
それが最初は社内掲示板に載り、いつの間にか社外にも。
『NJS社内をマジもんのメイドさんが歩いていました!』
とか、掲出されるに決まっているのだ。あぁ困った困った。
「誰かぁ。もしもーし。誰かいませんかぁ」
おっさんが出て来て、スカートの下に『カメラを突っ込む』程度ならまだしも、戦場カメラマンだけは『マジ』でヤバイ。足元にヘッドスライディングして、『マクロレンズを付けた一眼レフカメラ』を突っ込んで来るのだから。下からストロボを焚くんじゃない。
「誰かぁ。もしもーし。誰かいませんかぁ」
しかし一番怖いのは『安全第一』と書かれたヘルメットを被った奴らだ。平然と廊下に『う回路』の立て看板を設置して廊下を塞ぐ。
そして深く頭を下げながら、赤く光らせた誘導灯で『怪しい部屋』へと誘う。そんな場面に出くわしたら、急いで回れ右するしかない。
「ちょっとまずいわねぇ。どうしましょ」
朱美は高田部長に頼まれた『初めてのお使い』を思い出しながら、気分が沈み込んでいくのを感じていた。
NJSに配属されて直ぐの頃『兵装課』とか、その隣の『兵器開発課』に行ったときの『苦い思い出』がよみがえる。
それでも、今まで『AV事業部へのお使い』だけは、例え朱美が暇であっても琴坂課長が行かされていた。
それはきっと『もっと凄いこと』になると、高田部長も感じていたに違いない。揉み消せない『何か』が起きると。
だから今は『絶対に着替えなければならない』と、確信している。
「マジでどうしましょう……」『ナニカ オコマリ デスカァ?』
突然天井から声がして、朱美は上を向く。しかも聞き覚えがある。
「えっ? その声は『富沢部長』ですか?」『チガイマース』
あっさりと否定されてしまったが、言い方はそっくりではないか。
きっと部下は彼女のことを『いつもカリカリしている』ので『怖い印象』しか無いだろう。
しかし朱美とは『同じ朱美同士』ということで、実は仲が良い。
「人工知能二号機助けてっ!」『オマカセ アレ』




