海底パイプライン(百二十三)
プンスカ怒って見ても何も始まらない。しかし朱美はふくれっ面を止めない。琴坂課長はそんな朱美をなだめるのに必死だ。
「いや機械でも出来ることを、わざわざ人間にやらせるってことに、意義を見出す必要があんのよ」「はぁ? それって」「だからぁ。何でもシステム化すれば良いってもんじゃないってことっ」「はぁ。でもぉ」「そぉゆぅのをシステム開発する側が、ちゃぁんと理解していないとだねぇ」「はぁ」「人間に使われないシステムになっちゃうよってことだけは覚えておいた方が良いよぉ?」「はぁ」
何か言いたそうな朱美を強引に遮り、琴坂課長が言いたいことを言いたいだけ言って一人納得する。まだ朱美の不満は解決していないが、今はそれ所ではない。
廊下の角から『こちらを伺う奴』と目が合った故に。二人の会話を聞かれていたとしたら、『変な噂』として広がりかねない。
勿論、高田部長の耳に届きでもしたら、無いこと無いこと尾ひれが付いて、あと百年はネタにされてしまう。
「じゃぁ、さっさと着替えて来て」「判りましたぁ」
「あれ? さっきの『お返事』とは随分と」「もう終わりですっ!」
不貞腐れ気味に返事をされたものだから、琴坂課長もちょっと言ってやろうと思っただけなのに、更に強い調子で怒られてしまった。
これだから『女性の取り扱い』は面倒臭い。まぁ行っちゃったから良しとするか。琴坂課長は肩を竦めて、メイドの朱美を見送った。
『プシュゥ』「何なのぉ? まったくっ! 何だかんだ言ってぇ!」
自動ドアでなければ、足蹴にしていたかもしれない。
陸軍との仕事は『命懸け』な面もあったが、今の仕事は命が掛かっていない分『生ぬるい』と言える。何か急に『製薬の仕事』が懐かしくなってきてしまった。あれはあれで苦しいものなのだが。
『おつかれさまです』「はぁ? あんたもあんたっ! 誰なのっ!」
3D映像の何でもない自動音声にまで、八つ当たりしていた。
いや、落ち着いた明るい口調の音声が『自分の声』というのも、逆にイラついた理由でもある。すると良く出来たもので、眼鏡のメイド長が腰を折り、ペコリと頭を下げたではないか。
『何だ?』と思いながらも眺め続けた。すると体を起こし、両手を前にしたまま『自己紹介』を始める。
『ワタシハ、メイドチョウ ノ ヤヨイ デス』「ふざけないで!」
まるで喉を叩きながら出したような、ふざけた声質である。
今更『私はロボットです』みたいな素振りをしても遅い。こいつの中身は『人工知能三号機』で間違いない。
『フザケテイマセン ツトメテ マジメ』「じゃぁ、お黙りっ!」
『緊急シャットダウンを開始します。新規ジョブ受付停止。全システム停止まであと七分三十秒。システムにログインしている方は、至急ログアウトして下さい。只今処理中の業務は機械割込み時点で中断します。データベースの更新結果は前回チェックポイントまでロールバックします。通信回線停止。強制ログアウト実施……』
紹介するのを忘れていたが、朱美の声は『人工知能三号機をシャットダウンさせること』が出来る。きっと『社内のどこか』は今頃大騒ぎだろう。が、朱美は知ったこっちゃない。
寧ろ散々人を馬鹿にしておいて『いい気味だ』と思うのみ。
その証拠に、鼻で笑いながらロッカーへ手を伸ばしている。
『ガコガコ』「あれ? 何か開かないんですけど? えっ、嘘っ!」




