海底パイプライン(百十五)
「ところでその『メイドさんの服』は、どっかで買えるんですか?」
一番遠くに座っている奴が朱美を指さしていた。ゲームの名前が決まって一人喜ぶ琴坂課長だが、そんな細かいことまでは知らない。
「うーん。もしかして『陸軍』に行けば、買えるんじゃないかぁ?」
「何で陸軍なんですかぁ?」「適当に言わないで下さいよぉ」
半笑いで答えたものだから、周りを含めて怒るのも無理はない。
「陸軍の何処に行けって言うんですかぁ?」「そりゃぁ購買とかぁ」
しかし琴坂課長も知らないのだから、答えようが無いのは確か。
「無責任だなぁ」「俺に聞くなよ。高田部長に聞いてくれよぉ」
倉庫にズラッと並んでいるのを見て、思わず『仕入れ先』を訪ねたのが高田部長だったはず。
大体『変な物』、いや『珍しい物』を仕入れて来るのは高田部長って相場が決まっているのだ。今回もそうに違いない。
「えぇえぇ」「あの人の答えって、いつも適当じゃないですかぁ」
山口課長の隣にいた奴が噴き出しながら言うと、つられたのか山口課長も『うんうん』と笑っている。十分思い当たる節があるのか。
「そうかなぁ。言い方は適当だけど、指摘は的確だと思うけどなぁ」
思う所は色々ある。性格も人格も否定したい。するべき。しなければならない。それでも『仕事』については肯定出来る。
来る仕事来る仕事全てが『変な仕事』であったとしても。
「そりゃぁ『ハッカー同士』だからですよぉ」「付き合いも長そうだしなぁ」「ずっと『上司と部下』でしたっけ?」「こいつはそう」「良く情報処理課から、AV事業部に異動して来れましたねぇ」
情報処理課とAV事業部は『同じフロア』ということで、トイレや自販機コーナーにて互いに見掛けることはある。
しかし廊下の向こうに高田部長が見えたら、その瞬間『回れ右をしろ』と新人教育で教わって来た。だから顔は知っていても、話したことは一度も無い奴らが殆ど。山口課長の隣に居るのは主任だから、話位はしたことがあるのだろう。その部下と、社内でも有名だ。
「いやぁ? 兼務だけどぉ?」「えっ、情報処理課とぉ?」「うん。高田部長もね。あと、本部長も」「うへぇマジか。禄でもねぇなぁ」
何だか『二人の名前』は、随分と悪名高く広まっているらしい。
「あの『新人の頃から本部長』って人ですか?」「そうそう本部長って言うんだよ」「うは。名は体を表すかぁ」
本部長は『顔が怖いので目を合わせないように』と新人教育で教わるのだが、実際前にしてしまうと足が竦んで動けなくなってしまう奴が多数である。故に総務から『本部長室から出て来るな』と言われて久しい。話せば『子供には優しい』と判るのに。
「あの人も『ハッカー』ですよね?」「そうだけど?」
「やっぱり『同類』なんじゃないですかぁ」「ダメじゃんイテッ!」
否定したのが山口課長だったのがよろしくない。何故なら、隣に座っている江口部長だって『ハッカー』なのだから。
「それより『メイド服』なんか買って、何に使うんだぁ?」
本来『メイドが着る制服』なのだから、その質問は何か間違っている。まるで『目的外使用が前提』となっているではないか。
「そんなの『撮影』に決まっているじゃないですかぁ」「ですです」
「CGでも用意されてるけど?」「いやちゃんと『着た姿』を撮影したいじゃないですかぁ」「そうそう。スカート捲ってる所とかぁ」
ニヤニヤしやがって。お前らは『CG』で十分だ。そう言いながらも、今日の琴坂課長はちょっと調子に乗っていたのかもしれない。
「じゃぁ『メイドの朱美さん』に、お願いしてみるぅ?」「!!!」




