海底パイプライン(百七)
琴坂課長は、頭を抱えた奴らは放置してスクリーンに向かう。ストーリーチャートの説明に戻る形だ。
「ご指名が複数居る場合は、映画の中で争って貰うことになる」
「えっ? まだ争うの?」「指名された者が賞品貰えるんじゃ?」
抱えていた頭をパッと離して全員が前を向く。対して振り返った琴坂課長は、口をパカンと開けた。完全に『はぁ?』である。
「何言ってんのぉ。『一人の女を巡る戦い』って奴でしょぉ?」
判りやすく説明してやったのに、誰も納得していない。
「いや賞品が『フィギア』だったら、全員に配れるでしょうがぁ」
「そうですよぉ。散々課金アイテムとか使わせて、ケチ臭ぇなぁ」
会議室が騒がしくなる。こいつらは『説明』というものを、自分都合の良い部分だけを切り取って聞いているのではないだろうか。
呆れているように見える琴坂課長の顔を見ると、きっとそうだ。
「ごめん。『フィギア』って何ぃ? 知ってるぅ? 知ってるx?」
真顔で手前の奴らに聞いているが、頷いているだけで誰も教えてくれないではないか。江口部長と目が合うと襲って来る気がするし、山口課長は喧嘩になりそうなので目なんぞ合わせたなくない。
するとPCで検索した画面を持ち、立ち上がって腕を伸ばす奴が。
「これですよ」「あぁ、すまんねぇって、何だこれ。お人形ジャン」
指さして笑っているが、見せた方も笑い出す。
「そうですよ。主任だって『人形』って言ってたじゃないですかぁ」
この際、奴が『主任と言って許される立場』であるかは別として、少なくとも琴坂課長は気にもしていなかった。『やっぱりコイツ等は、何も聞いてねぇなぁ』思っただけだ。
「いや『人形』なんて言ってねぇし、『人形』だってば」
腕を必死に振りながら再度の説明。スクリーンに『協力企業』の一覧を再表示させようと、手元のPCを操作している。
「人形を英語にしたのが『ドール』でしょ?」「あっ、そうなの?」
操作する手を止めて、パッと顔を上げた。一同ズッコケる。
「はぁ?」「えっじゃぁ『フィギア』は何語? 英語じゃなくて?」
スクリーンと手元のPCを見ながらの質問は、混乱を極めて。
「英語ですよ。ほら『フィギアスケート』って言うじゃないですか」
琴坂課長がスクリーンを見ていたタイミング。振り向いて一旦は手元を見たものの直ぐに顔を上げた。どちらも『英語』とは。
「いやいやいや。フィギアスケートの『フィギア』って、『図形』って意味だから。それがどうして『人形』になっちゃったのぉ?」
「いやそんなの知らないっす」「何だよ。昔は『規定』って種目があってなぁ?」「へぇ。どんなのですか?」「見たことないから知らん」「何でですかぁ」「知らねぇよ。オリンピックでだって放映しないで結果だけだし、それに今は規定は廃止されてんだよ」
「でも『人形』って『コレ』なんでしょ?」
今度は議論が『フィギアの語源について』に成り掛けていた。それをサンプルとして表示した『フィギア』を指し示して切る。
すると琴坂課長は、『フッ』と勢い良く鼻息を噴き出した。
「違う違う。そんな『動かない人形』じゃなくて、ちゃんと動く奴」
スクリーンの映像が『パパパパッ』と動いて、やっと止まった。
するとそこに現れたのは、やっぱり『フィギア』ではないか。
「ちゃんと手足も動くし、腰も曲がる。人間と同じ可動域でなぁ」
製造元は『NJS・AV事業部・人形課』と小さな字で。どうやら『プロトタイプ』らしい。縦ロールの髪型からエリザベスか。




