海底パイプライン(百三)
首を傾げながら『はい』と答えることに、何の意味があるのか。
しかし、元気が良ければそれで良い。ゲームの制作は体力勝負。作るのも、テストするのも、膨大な時間と体力が必要なのだ。
特に作り込みが細かいものなら尚更である。しかし『デモ版』とは言え、これを琴坂課長はたった一人で作ったのだろうか。
「あのぉ、もっと『簡単な出会い』とかは、無いんですかぁ?」
今『リアリティが大事』と説明したばかりなのに。琴坂課長の顔はそんな顔をしている。三秒考えても、意味が判らなかったようだ。
「と、言うとぉ?」「入学式の日に『街中でぶつかって』とかです」
「はぁ?」「えっ、判りません?」「全然判らん。何?」「アハハ」
さっきまでとは違う失笑が、会議室を包み始めていた。どうやら琴坂課長は『出会い系のゲーム』をプレイしたことがないのだろう。
「ほらぁ、『食パン咥えて走って来る』って奴ですよぉ」「でっ?」
「いや『でっ』って言われてもぉ」「マジで知らないんですかぁ?」
失笑は『驚き』に変っていた。流石に『こいつ常識も知らねぇのか』な雰囲気になったことは琴坂課長にも判る。
しかし、常にリアルを求め続けて来た者なら判るはず。街中で『食パンを咥えたまま走っている奴』なんて、見たことが無いのを。
「それはぁ、苺ジャムを塗っているときはアンディに出逢って、小倉餡を塗っているときは栄子に出逢って、ママレードを塗っているときはオズに出逢うとか、そういう感じのぉ?」「いやいやいや」
不思議な展開に向かっている。早く止めないと、明後日の方向に行ってしまう可能性が高い。しかし手を顎に添えて、もう遅いか。
「違うの? 出来なくは無いけど、俺ママレード嫌いだからなぁ。そうすると、オズには永久に出逢えなくなっちゃうなぁ。うーん」
考える所か、益々真剣な顔つきになって悩み始めている始末だ。
「別に、そこまで細かくなくて良いんですって!」「焼き具合も?」
仕様については、ちゃんと聞こえているようだ。きっと思い描いていたのは、トースターの仕上がりにするか、素早く焼くなら魚グリルにするかであろう。急いでいても、走ってまでは食べない。
「焼き具合もパンのメーカーも何処でも良いんですっ!」「ふーん」
何とか元に戻すことに成功した模様。まだ首を捻ってはいるが。
「じゃぁ『鑑定スキル』も、無かったりするんですかぁ?」
「いやぁ、それは有るよぉ」「えっ? リアル重視なのでは?」
するとスクリーンに向かって『タンタンッ』と叩くと、『鑑定をしているシーン』に切り替わった。『相手の情報』が判るようだ。
「ほら、こんな感じで『ステータス』が判るようになってます」
表示された情報を『タンッ』とやって、自信有り気に言うのだが。
「いやいやいや」「それは無いでしょぉ?」「何だ? また問題?」
あっという間に否定されてしまったではないか。寧ろ『出す画面を間違えたか?』と思って振り返るが、ちゃんと『鑑定結果』が表示されているではないか。首を傾げながら一同に向き直った。
「その『胸囲八十+七』って何ですか?」「胸パット有りだけど?」
「じゃぁ『ウエスト-十五』ってのは?」「コルセットを付けてる」
さも当然のように言い放つ琴坂課長に、一同は暴動寸前である。
「えぇぇっ!」「そんなのインチキじゃないですかぁ」「いやいや」
「いやじゃ無いっす。そんなステータス、絶対見たくないですよぉ」
どうも『リアリティの方向』に、深い溝があるようだ。すると一人が立ち上がって、スクリーンを勢い良く差し示した。
「そもそも何すかぁ? 右上の『生理中』ってのはっ!」「えっ?」
「そうっすよぉ。そんな情報出してどうすんですかぁ?」「えっ?」
琴坂課長は完全に困惑していた。何度も振り返って確認しているが、まるで『一足す一を間違えた』かのような表情で驚いている。
「コレ要らんのぉ? エロいゲームをやるんだから、必須しょぉ?」
今までで一番の驚きを隠せないでいる。しかし反発は収まらない。
「そんなの気にしながら『エロ』なんて、出来ませんよっ!」
「それって『プレイ』には、関係するんですかぁ?」「マジかっ」
「うわめんどくせぇ。ぜってぇイライラするだけですよぉ」
今まで数々のエロ動画を作って来た彼らにしても、完全に『その発想は無かった』である。すると琴坂課長は怒りだしてしまった。
「お前らまさか、彼女を『タダでやらせてくれる風俗嬢』とか、思ってないよなぁ? ちゃんと『今日は出来ません』って判るようにしてやってんだから、それを踏まえてお付き合いしないとダメだ!」
「……」「……」「……」「……」「……」「……」「……」
静かになった所で、琴坂課長は演台を叩き、スクリーンを指す。
「良いかぁ? 『女の子』ってのはなぁ、凄く繊細なんだっ!」
仮にも『結婚している者』と、『彼女居ない歴=年齢』の奴らとは、『言うことの重み』が全然違っていた。一人だけ性別は異なるが、『彼氏いない歴=年齢』の江口部長だって、大きく頷いている。
するとスクリーンに『会話のシーン』が現れた。
「鑑定スキルが無い場合は『プールの授業を休んでいる』とか、『何か今日は機嫌が悪い』とか、デートの約束しても『その日は』って断られるとか、そういうので判断するんだっ!」「……」「……」
「エロはなぁ、ただ『パンパンしてりゃ良い』ってモンじゃねぇ! そんなことじゃ直ぐ嫌われるし、足元すくわれるぞぉ? たくっ」




