海底パイプライン(九十七)
「申し訳ございませんっ!」「謝るより教育が大事っ!」「はいっ」
部長への叱責はその辺にして、琴坂課長は『座れ』と手を振る。
江口部長は一礼して直ぐに座った。勿論、琴坂課長から見えないように、課員に睨みを利かす。『お前ら後で殺すからな』の目で。
「良いですかぁ? 我々がこれから作る『映画』は、『マルチ・エンディング・ストーリー』となります」「映画でマルチって……」
思わず口にした『苦情』を、グッと堪える。『説明の続きを聞こう』と思ったからではない。江口部長の目が怖かったからだ。
それでも琴坂課長が説明を止め頷いたのを見て、江口部長は『微笑み』を向ける。『後で殺っときますから、どうか怒らないで下さい』の一心で。プラス『愛してます』も込み。
「簡単ではないけれど、我々AV事業部がやらないで、誰がやる?」
琴坂課長が顎を引き、笑いながら首を傾げている。
その顔は『俺なら出来るけど』であり、『君達も出来るだろう?』と問い掛けている、いや、確認しているのだ。これはもう、居合わせた全員が頷かざるを得ない。命と情熱を掛けて。
「映画のストーリーは、主に『暗黒帝国へ向かう途中』となり、そこで『数々のミッション』をこなし、仲間意識を更に向上させてぇ」
スクリーンに映った『乗組員の関係図』に、ポインタで線を引いて行くと『ハートマーク』が幾つか付いた。そこで『タンッ』と叩くと『映画のワンシーン』に切り替わる。当然、全員が注視。
『明日はいよいよ決戦ね……』『俺はリリィに逝って欲しくない!』
どうやら宇宙船の一室で、二人は密会しているようだ。
ムードは最高潮。スケスケのローブに包まれたリリィが、無重力空間で揺れている。いやらしくない言い方だと『ナイトガウン』とかなのだろうが、皆唾を飲み込むだけで、誰も何も言わない。
最終目的を前にして、愛し合った若い二人が『理性を保てるか』が試される場面。そう。『究極の選択』が求められている。
『私だって徹と一緒に居たい』『じゃぁ』『でも、地球が……』
アップになったリリィの瞳に映ったのは、遠くなってしまった地球の姿だ。誰もが今『何を望むか』は、若い二人にも十分過ぎる程判っている。そしてこれが『架空の物語』であることも。
「えーっと『映画』なので、『パンパンするシーン』は有りません」
カメラが『宇宙空間へとフェードアウト』し、窓辺に映る二人の姿が小さくなった所で、映像が『プツン』と途切れた。
「この先、無いんですか?」「はい。きっちり五人分やりますけど」
「えっ? 五人分やるのに、『パンパン無し』なんですかぁ?」
今度は江口部長も騒ぎを収めない。これでは観客が『欲求不満を爆発させかねない』と思うのは当然の摂理だ。AV事業部の責任者として、『主任の企画』は絶対に性交させたいし。あ、成功だった。
「それって、意味無くないですかぁ?」「そうですよぉ」「きっちりパンパンしてこその『エロ』でしょうが」「だよなぁ」「んだぁ」
騒ぎが大きくなっても、琴坂課長の表情は飄々としている。
「いや『映画』なんだから、しょうがないでしょぉ」「ええええっ」
「しょうがないって言っちゃぁ」「R指定にすれば良いのになぁ?」
しかし琴坂課長は『それこそダメだ』と言わんばかりに、両手をを横に振っているではないか。流石に『話を聞こう』と静かになる。
「良いか? 『映画の続き』は、この『専用ハード』で上映する!」




