海底パイプライン(九十二)
指をひとしきり鳴らし終わると、その指で山口課長を指す。
「良いかぁ? 主任は無理矢理結婚させられて、困ってるんだっ!」
腕をブンブンと縦に振りながらのセリフ。琴坂課長は口を尖がらせて首を横に振っている。顔の前で右手も軽く横に振りながら。
「だから『結婚のこと』は、思い出したくないんだっ!」「えぇっ」
山口課長の記憶とは、明らかに異なる説明である。
事実ではないし、江口部長本人の『思い込み』にしては酷いにも程がある。思わず琴坂課長に『そうなの?』と確認しようか。
「人が大事な説明しているときに、目を逸らすなぁっ!」『ガッ』
肩を掴まれて、傾けた体を真っ直ぐに戻されてしまった。
「うわっ! す、すいません……」「目を見ろっ!」「ハイィッ!」
挙句『圧』まで掛けられて、最早その命は風前の灯である。
「それを私の前で『思い出させてしまった罪』は重いぞ? 山口ぃ」
目を剥いて見下ろしている。少し顎を上向きにして。何度も指す。
「宏実ちゃん?」「万死に値するっ!」「もしもし、宏実ちゃん?」
琴坂課長が呼び止めても、全く聞く耳を持たないようだ。両肘を九十度に曲げ、勢い良く胸の前で開閉し、肘と拳をガツガツ当てている。そこに首を挟まれたら、即死は免れないだろう。
「本来、私が主任にするはずだった『ハグ』をぉ」「エミューッ!」
「はいっ! 主任っ! お呼びですかぁ?」「着席」「はぁいっ!」
呼ばれた瞬間、嬉しそうに振り返ったではないか。両拳は顎に添えて。それだけでなく指示にも直ぐ従う。『二人の関係』とは一体。
「時間も限られてるんでね」「主任の貴重な時間を邪魔するなぁ?」
座ったまま課員に睨みを利かす江口部長だが、琴坂課長は迷惑そうな顔をしている。しかし『お前が一番邪魔だよ』と、決して言わないのは彼なりの『優しさ』なのだろう。
ほら、江口部長が笑顔で振り返れば、困りながらも頷いているし。
「今回、AV事業部・第三課で出された企画が『全ボツ』になったと言うことで、こちらで『パイロット版』を検討して来ました。今日の『プレゼン』は、そのお披露目となります」「心して聞けっ」
語尾に山口部長の言葉が添えられたが、もう課員は聞いていない。
早速スクリーンに映し出された『映像』に魅入っていたからだ。
実写と見まごう品質のCG映像は、宇宙を飛ぶ一機の『宇宙船』が映し出されていた。未来型の『戦闘機』だろう。それが急速に地球へと突入し、雲の間を抜け、海面スレスレに来たかと思うと急上昇。地上へと侵入していた。しかし世界は荒廃している。どこまでも暗く、昔は『都市があった』と思しき風景の中を突き進んで。
と、そこへ見えたのは『未来都市』だ。そこだけは人々が行き交う。老若男女が明るい表情で、楽しそうに過ごす中を駆け抜けると、『そこは普通の学校かよっ!』と、思わず突っ込みたくなるようなベタな風景が見えて来て、最終的に戦闘機は校庭に着陸する。
「こちら、NJSの総力を挙げて取り組むのは『エロエロ学園(仮称)』となります」「はぁ?」「だっせぇ」「そのまんまかよっ!」
タイトルも九十年代のエロゲーから『取って付けた』感が漂う。
「あぁ、名前は後から考えて。採用された人には、金一封が出ます」
「おぉおぉっ、景気良いなぁ」「やったぁっ!」「静かにしろっ!」
沸き立つ会議室。しかし、荒れる前に江口部長が一喝して静かに。
「こちらが五十人の『生徒達』となりますぅ」「おぉっ、可愛いぃ」




