海底パイプライン(九十)
『バシャンッ』「ヒィィッ!」「うわぁって、えっ? 朱美さん?」
廊下を歩いていて突然ドアが開いたら、誰だって驚くだろう。大抵のことでは驚かない琴坂課長も、突然の出来事には驚くようだ。
「何やってんですかぁ?」「あんたの娘の『代役』でしょうがっ!」
しかしそれは、『てっきり電撃か』と思っていた朱美にしてみても同様だった。直属の上司とは言え、うっかり『あんた呼ばわり』までしてしまう程の動揺をしてしまうとは。口を塞いでも遅い。
『電撃っ!』「ヒィィッ! ごめんなさいっ!」「とっとっとぉっ」
思わず更衣室を飛び出したものだから、琴坂課長にぶつかる。
傍から見れば、随分と『役得』に見えるかもしれないが、ぶつかられた琴坂課長にしてみれば、それは『厄災』以外の何ものでもない。一度抱き付かれても、直ぐに振り払って距離を置く。
それから、まじまじと『朱美のメイド服姿』を観察し始めた。
「何ですか?」「いや、倉庫に『人形』を取りにぃ……」
言い掛けて止まる。渋い表情ではないか。ジロジロ見られているのに、そんな表情をされては、朱美だって良い気はしない。
朱美にしてみれば、結構可愛く着こなしているつもりである。
「もしかして、今日の『人形』は朱美さんなのぉ?」
その手に持っている『説明資料』は何だ? だったら、見りゃ判るだろう。判っていてその表情なのだとしたら、朱美はプッツンだ。
「そうですよ。あんたの上司が命じたんでしょうがっ! こっちは写真まで撮られて、かなりムカついてんですからね?」「はぁ」
煮え切らない返事に、怒りのボルテージは上がるばかりだ。
「『はぁ』じゃないですよ。何なんですか? コレェ。えぇえぇ?」
さっきと同じ『はいご主人さま』のポーズをして魅せるが、多分『ご主人さま』役の琴坂課長は首を傾げるばかりだ。
「いや、写真なんて撮って、何に使うんですかねぇ。そんな企画ぅ」
考える方向が狂っている。いつも通りだ。朱美は力が抜ける。
「あの部長が考えることですよぉ? 売るに決まってるじゃないですかぁっ! 最低です。訴えますよぉ?」「あぁ、だったら違うよ」
高田部長が考えていることなら、付き合いの長い琴坂課長の方が幾らかは正しい予想が出来ることは明白だ。
だからと言って、朱美の怒りが収まる訳もなく。
「何が違うんですかっ!」「どうせスカートでも捲ったんだと思いますけど」「そうですっ、なぁんで判ったんですかぁ?」「やっぱり」「やっぱりじゃなくt」「あぁ部長が売るんだったら、ちゃんと『モーションキャプシャー』して画像処理後になりますからぁ」「ちょっ、それって『勝手に撮影して良い』理由になりますぅ?」「知らないっすよぉ。兎に角『生画像』なんて、売る価値無いじゃないですかぁ」「何かムカつく言い方しますねぇ」「ムカつくも何も真実」「でも『撮影された』のは本当ですぅ」「あぁはいはい」「ちゃんと『パシャッ』ってシャッター音が、二回もn」「大体日本人は足短いんだからぁ」「はぁっ?」「んな『無加工』で、売れる訳ないでしょうがぁって、イテェッツ! なぁにすんのぉ?」
何かケツに『衝撃』を感じて、琴坂課長は立ち止まった。
渋い顔をしながらケツを掻く。何故蹴られたのかは不明だが、犯人は後ろにいる『朱美』に違いない。靴の先から煙が出ている。
自分のケツを再び見たが、穴は広がっていないし血も出ていない。
「会議室こっち」「最・低・ですっ!」「何がぁ?」「ムカツクッ」




