海底パイプライン(八十八)
「そんなに汗なんて掻いて無いわよっ! 失礼ねぇ……」
口では悪態を突きつつも用意されたタオルで汗を拭う朱美。
育ちが良いから『根は素直』と言うべきか。荒れた口調は同僚のせい。それとも本当の地か。いや彼女も『ハッカー資格』なんてものを取得しなければ、NJSに派遣されることも無かっただろう。
ただその場合、代わり派遣されたのは『天国』であろうが。
「はい。これで良いんでしょっ!」『パフッ』
説明している間に、あられもない姿で『あらぬところの汗・その他』を拭き終えた朱美は、タオルを『こちらです』と表示されたロッカーに投げ入れた。それから顔を顰め、きわどい下着を身に纏う。
一緒に用意されていた『シェーバー』は、使うまでもなし。
「これ、ちょっときつくないぃ? あぁっと、もぉっ」
きっと『琴美用』に採寸された衣装なのであろう。琴美には申し訳ないが、胸回りがちょっときつくて、腹回りは緩い。典型的な嫌味で申し訳ないが、それが現実だと本人に伝えておくとして。
ガーターベルトとか『お手伝いさん』だったら、『絶対に付けていないだろうが』と、突っ込みも入れたくなる。
『ガーターベルトを装着しましたら、次の扉を開けて下さい』
こんな感じで着替えが強要されているのだ。こうなると、文句があろうが何しようが、順次『メイド姿』へとならざるを得ない。
「はいはい。随分と注文の多い更衣室ですねぇ? 誰の趣味ぃ?」
誰でしょうねぇ。多分AV事業部の誰かとは思うが、ロッカーからの返事は無い。朱美はブツブツ言いながらも装着するしかない。
「次は?」『カチューシャを付けましたら、鏡の前に立って下さい』
だからこんなに可愛い髪飾りは、『お手伝いさん』だったらって、もう良いわ。着けりゃ良いんでしょ? 着けりゃ。ハイ着けた。
しかし朱美自身も、鏡の前に立てば『満更ではない』と思う。
一応は全体的に『おかしな点』は無いかチェックを始める。問題ない。『これが制服』と言われれば『ですよね』しか言わせない。
体を左右に振って、後ろのリボンやスカートの広がり具合も見る。自分で言うのもなんだが、完璧に着こなしたと言えるだろう。
徹が見たら、絶対ベットに押し倒して来るに違いない。あぁ、だとしたら昨晩は、あれで『随分我慢していた』のだろう。男って。
「はいはい。出来上がりましたよぉぉだ。開けて下さーい!」
鏡の前で、ふざけて見せる余裕まであった。『次の仕事』のことは、一旦忘れている。そう、これは『勤務中』なのだ。
『その言葉使いは何ですかっ!』「ハイッ! すいませんっ!」
何だか『自分の声』に怒られてドキッとするが、鏡に表示されたのは『自分』ではない。何だか『メイド長』みたいなおばさんだ。
とんがり眼鏡に片目をあて、連れて来られた『新人メイド』を上から下までチェックしている仕草が怖い。朱美はジッとしていた。
『あなたに許された返事は、何を言われても『はいご主人さま』これ一つです。他の返事は許されません。判りましたか?』「はぁ?」
『今言いましたよっ! お返事は一つだと!』「はいご主人さま!」
『よろしい。では笑顔でご挨拶を。はい』「おはようございます?」
『違うでしょっ! もっと笑顔でっ!』「えぇはい。ご主人さま!」
『『えぇ』は要らないっ!』「はいっ! ご主人さまっ!」『そう』
『ご主人さまから頂いたお前の名前は『朱美』だ』「ええっ、あっ」
『今日からこの名前をって、不満があるのかいっ!』「いいえっ!」
『悪い娘には電気ショックだよっ!』「はいご主人さまっ、ヒィッ」




