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海底パイプライン(八十三)

 朱美の拒否反応にそれ以外が驚いていた。何を心配しているのか、誰も理解出来ていないようだ。偶然にも、この場にいる全ての人間が『ハッカー』の称号を持っている。故に『ネットに繋ぐな』の指示は、強力なインパクトとして心に突き刺さっていた。


「アプリのバージョンアップ、しないんですか?」「しませんっ!」

「ネットに繋がっていればオプション購入だって」「しませんっ!」

「お好きな花火を組み合わせて、スターm」「しぃまぁせぇんっ!」

「動画編集して、音楽を付けて、ネットに公開しないんですかぁ?」

「する訳ないでしょぉぉぉぉっ! なぁにを考えてるんですかっ!」

 どれが『誰の問いか』は、敢えて言うまい。何れにしろ『全否定』されてしまったのだから。AV事業部の四人は、円陣を組んで渋い顔になってしまった。そのまま『ヒソヒソ』と話し始める。


「ちょっとどういうことぉ? 『凄いエロ動画が見れる』って言うから、アルバイトに募集して、研修まで受けたのに。金返せってぇ」「いや琴美ちゃんは『金貰う方』でしょうがっ。こっちだって初耳だよ。合法的にデータ収集出来るって言ってたのは、何処の野郎だ」「俺に文句を言うなよ。朱美君なら『俺の言いなりだ』って、自信満々に言ってたのはぁ?」「それはコイツです」「いや俺じゃないっすよぉ。直ぐ人のせいにするぅ」「またパパが、忘れてるだけなんじゃないのぉ?」「そうこいつ、三年も待たずに直ぐ忘れっから」「でっしょぉ?」「十分覚えてるでしょうが」「いやお前だろっ!」「えぇ? 俺でしたっけぇ?」「これだよぉ」「証拠有るんですかぁ? 私が言ったっていう証拠がぁ?」「何だぁ? お前、俺が根拠もなく、適当に言ってると思ってんじゃねぇだろうなぁ?」「いや思ってますよ。絶対人に押し付けているだけですよ」「まぁ待て。お前らココは一旦大人しく引き下がってだなぁ」「引き下がるって」「落ち着け。どうせ会社でも会うんだからさぁ、嫌がらせするなり脅すなり何でもしてさぁ」「それって『コンプライアンス違反』なんじゃないですかぁ?」「お前は直ぐ規則規則って」「そりゃ言いますよ。上司だろうが変なことを言ってたら指摘しろって言ったのは誰ですか」「そんなこと俺は言わん」「そうだぞ。上司に文句を言うだなんてのはなぁ、期日までにキッチリ『仕様通り』に作ってから言えって言うんだよ。何ださっきのは。金貰えるレベルかぁ?」


「ちょっと皆さんっ! 声大きいっ! 全部聞こえてますよっ!」

 話がゴチャゴチャになって、ただの『口喧嘩』になってしまっている。人の家に上がり込んで、喧嘩とか止めて欲しい。

 一体『何のテスト』をしに来たのやら。絶対『中途半端な製品』を、現地に組み込んでしまってからの『調整』に決まっている。

 朱美に言われて『はっ』となり、振り返った四人の顔は何れも『どうして判ったの?』なのだが。いやいやいや。


「じゃぁすいません。ネットから切断しますので、サーバーの設置場所にご案内頂きたいのですが?」「もう繋がってるんですか?」

「はい。こちらのシステムは『ネット接続が前提』なものでしてぇ」

 腰を低くしてお願いしているのは、やはりペンギンだ。

 イーグル、パパの二人はまだ『お前が悪い』と不満そうにしているが、会社では一応上司であるペンギンが下した決断なら、致し方ない。それに、この場を預かる琴美監督だって不本意であろう。

 しかし三十分の研修内容に、残念ながら『ネットへの接続断』に関する説明は、一切含まれていなかった。


「判りました。こちらです。絶対、何も触らないで下さいねっ!」

 疑り深く忠告してから朱美は歩き出す。向かうは寝室の隣だ。


「こちらです」「あのぉ、調整も済ませますんでお預かりします」

 案内された部屋で、ペンギンは言いながら歩き始めていた。朱美からの返事を待つつもりは、そもそも無いのだろう。

 しかし朱美は、思わず頷いていた。ネットから切断するだけなら、本来『パツンと断線して終り』であろう。それでも頷いたのは、『調整』と言われてしまったからだ。

 聞いた話だと、それが『今日の目的』となっているのだから。徹に頼まれたことだし、それは流石に頷かざるを得ない。

 ペンギンは管理者権限でサーバーにログインすると作業を始めた。


「次のテストは『人物消去』か。ちゃんと動くんだろうなぁ?」

 画面を切り替えながら、ペンギンが睨み付けたのはパパである。

 直ぐに『パパが琴美に乗っかっている画像』が映し出された。


「行くぞ」「お願いします」「人物しょーきょモォドッ、オォン!」

 エンターキーを勢い良く押下すると、映像が動き始める。


『琴美ぃ。可愛いよぉ』「おっパパ消え、てねぇなぁ、何だこれ?」

『んんんっ! イックゥゥゥッ! あぁぁっ』「おかしいですねぇ」

 本来なら『男の姿』が綺麗サッパリ消去されて、『女の姿』だけが浮かび上がる画期的な動画処理であったはずなのに。

 見せられたのは、中途半端にパパが消えた状態の動画である。


「でも一応『Gマーク』は見えてますし。ほらモザイクもバッチリ」

 画面を指さして、パパが冷静に口答えしている。これで誰が画像処理プログラムを書いたのかは一目瞭然だろう。犯人をじっと睨む。

「胴体は消えてますし、もうちょっとAIが学習すれば、綺麗に?」

「じゃぁ直ぐに行って、学習させて来いよっ!」「はいっ!」

 パパがサーバー室を飛び出して行った。行先は浴室だろう。

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