海底パイプライン(八十二)
「痛ってぇ。後で『対策版』を、アップデートさせて頂きますねぇ」
腹を擦りながら答えるパパ。片目を瞑りながらかなり痛そうだ。
しかし朱美に同情する様子はない。寧ろ嫌悪の目になったではないか。それもそうだろう。こいつ等が『また来る』だなんて。
「アップデートォ?」「はい。稼働までには『対策版』をですねぇ」
今週の予定を開いて『隙間時間』を探そうとしているのだが、どうも電波の状態が悪くて、ネットに接続出来ないようだ。
「えっ? また来るんですかぁ?」「いいえ」「困ります」「は?」
それでも『お客の言うこと』をちゃんと聞いているのは立派だ。
「ちょっと勘弁して欲しいわぁ。正直これ以上ってえっいいえぇ?」
寧ろ朱美の方がパパの答えを聞き逃していた。どうも『気持ち』の方が先行していて、拒否権を行使したい一心か。
「はい。実機テスト可能なら、我々もその方が有難いですけどぉ?」
嬉しそうに天井を指さした。つられて朱美も上を見たが直ぐにパパの方を向いて断言する。声を大にして。
「い・い・え。来ないで下さい。絶・対・に・来ないで下さいっ!」
「あらダメですか」「ダメに決まってるでしょうがっ!」「えぇぇ」
工事中なのに、これだけ掻き回しやがって。完成後も来るだなんて信じられない。この分だと『使用中』でも来るかもしれないし。
「何だぁ? 随分と嫌われたもんだなぁ? えぇ? パパさんよぉ」
ポンポンと肩を叩くイーグル。それは『慰めている』ではなく、『だらしねぇなぁ』であろうか。それとも『お前、部下に舐められてんぞぉ? しっかりしろぉ。だから課長になれねぇんだよ』か。
「あんたもよっ!」「俺もぉ」「ハハハ。何だぁ同類じゃないかぁ」
どうやら朱美にしてみれば、イーグルも『信頼できる上司』では無いらしい。それを感じ取ったペンギンが指さして笑っている。
「あんたも似たようなもんでしょうがっ! このスケベジジィッ!」
「えっ? ワシもかい? こんなに仕事が早くて、丁寧なのにぃ?」
自分のノートPCを指さしながら、腰をグリグリと回しての訴え。
「スケベなのは事実でしょうがっ!」「そうだぁそうだぁスケベェ」
現役女子大生に『乗っかろうとしていた事実』は見逃せない。
朱美はまだしも、琴美までがそれに乗っかって責め立てて来たのは意外に思ったようだ。流石のペンギンも焦る。
「それは仕事でぇ。それに『一緒に夜を明かした仲』じゃないかぁ」
確かに一理あるし、言っていることも『嘘』ではない。
ペンギンにしてみれば『目の前の琴美』とは別の琴美とだが、体を寄せ合って夜を共にしたのは確かに事実である。しかもそれは『一晩』ではない。夜明けのコーヒーを一緒に啜ったことも。まぁ、雪山で遭難したときの話だが。
「じゃぁ『奥さん』に言ってやるぅ」「それは勘弁して下さいっ!」
両手を合わせて膝を曲げ、必死に拝み倒すペンギンの姿を前にして、琴美は『どうしようかなぁ』と両腕を組んで考えている。
朱美は『はぁ? すんごい年上が好みぃ?』と思いながらも、それは『琴美の趣味』なので口を挟むのは遠慮することにして。
それより、もっと重要な『確認事項』があるのを忘れてはいない。
「ネットには絶・対・に繋がないで下さいねっ。今、直ぐ切って!」
「えっ!」「うそっ!」「どうしてっ!」「ちょそれは困りますぅ」




