海底パイプライン(八十一)
例え力いっぱい引っ叩かれたとしても、娘なら全然痛くない。
そう思っていた時期がパパにもありました。今のは結構強烈であったが、ケツなので被害は余り無い。普段から『頭はダメ。叩くならお尻にしなさい』と、教育していた甲斐があると言うものだ。
「ナニコレ。目隠しが遅れてるから、顔が見えちゃってるじゃん!」
口を『クゥ』の形に尖らせた琴美が、そのままの顔で胸より上を激しく左右に振っている。それをDMSを効かせた状態で何度再生しても、琴美の目を隠すはずの『黒い横棒』が、やや遅れて追従しているのだ。折り返した瞬間に停止すると、琴美の表情が丸見えに。
これがもし『自分』だとしたらどう思うか。同じ女として、朱美は少ししか笑えない。いや絶対『こんな顔』は、してないと思うが。
「横移動、凄っ。琴美ちゃんて、結構『激しく動くタイプ』なの?」
思わず指さして聞いてみるが、聞かれた琴美だって苦笑いだ。
ちょっと調子に乗っていた節もあるが、だとしてもこれは、明らかな『不具合』だ。後でパパとみっちり試行しないと。
「こんな変な動きをするからだよぉ。モード変えますね。よいしょ」
パパが画面を操作して『モザイクメニュー』を表示した。
デフォルトの『黒い横棒』から『顔モザイク』に変更すると、一瞬だけ画面が静止した後に再び動き出す。すると今度は正しく顔にギザギザの『モザイク』が掛かったではないか。
『パァンッ!』「いてっ」「パパの方に掛かってどうすんのっ!」
今度は頭を思いっきり引っ叩かれてしまった。容赦のない娘だ。
勢いの余りノートPCを落としそうになってしまったが、そこはハッカーとして意地でも耐える。
しかし落として、壊れてしまったほうが良かったのかもしれない。
何故なら何度再生しても、口を『クゥ』にした琴美の顔が左右に揺れているからだ。挙句『見ていられない』と顔を逸らした『パパの顔』の方が、しっかりとモザイク処理されているとは。
気まずくなったパパが『カメラアングル』を横からにしてみても、『顔モザイク』処理は、相変わらずパパにのみ掛かっている。
「ちょっとこれ、どういうことなのぉ?」「監督ってモロバレだぁ」
琴美監督の横からイーグルも覗き込んで笑っている。
しかし琴美監督に足を踏まれてしまう。それでもまだ笑っていられるのは、イーグルが普段から『安全靴』を履いているからだ。
まぁ、まだ笑い続けたなら、その内脇腹でも小突かれるだろう。
「おかしいなぁ。ちゃんと『人間の顔』って認識するはずなのに」
首を傾げて呟くパパ。画面を凝視したまま、頭の中で『原因』を探るのに夢中なのだろう。周りの様子など何ら気にも掛けていない。
「酷いっ!」「おいおい。実の娘に向かって、それは無いだろう?」
「いやだって『3P』にも対応してるから、人数制限って訳でもぉ」
娘の呆れた声にも、一応気を使って窘めるイーグルの声にも動じない。それより何より、これは『初めての事象』なのだから。
画面を見ながら首を傾げ頭を掻く。持ち直して設定も確認だ。やはり『モザイク対象人数』は『自動判定』になっているではないか。
「死ねぇっ!」『ブンッ!』「ぐはぁっ!」「今のはパパが悪いな」
琴美の拳がパパの腹に食い込んでいた。それでもパパは耐える。
ここで生き延びて、ちゃんと『原因と対策』をせねば、例え殺されたとしても死にきれないではないか。




