海底パイプライン(七十五)
男の夢を壊すようで申し訳ないが、女が『イッた振り』をすることは良く知られた事実だ。経験者の内、七割近くが『経験あり』と答えているそうだが、男の方は『俺のときは違う』と思いたい。
「良しっ。んじゃイクから。カメラスタンバイッ!」「OKです!」
両方の頬をパンと叩いて、両方の腕をグッと引く。鼻息も荒い。
十分に気合を挿れた。琴美の場合、そもそも最初の『経験者』ではないので、後の『経験あり』に答える立場にない。ソロでも。
「大丈夫だから。『大船に乗った気持ち』で構えてりゃ良いのよ」
それを知ってか知らずか。心配そうに見つめるパパに、琴美はニッコリ笑って答える。しかしパパはどうにも堪らん気持ちで一杯。
『無事にイケますように……』『無事にイケますように……』
心の声が聞こえたなら、二人はやっぱり『本当の親子』であった。
うっすら目を開けた朱美に、若き日の『可南子の面影』は無い。
思い出すのは『パパと結婚するんだったら、タカシ君の方がマシ』と言われた、琴美四歳の夏の日。海からの帰り道。夕刻であった。
二人は知る由も無いが、偶然にも琴美が思い出していたのも『パパが思い出したのと同じ日』である。夜遅くまで熱かったあの日。
それは、優輝が生まれる十カ月前に覗き見た『あの光景』だ。
「んんんんっ、イックゥゥゥゥッ!」「『FALSE』です」
腰を突き上げながらの名演技。しかし数々の『イク表情』を観察し、九十七・八五%で判別可能なまでに進化した人工知能は、琴美の名『演技』を見逃すはずもない。琴美は思わず叫んでいた。
「今のもダメかねっ!」「監督。FALSEはFALSEです」
イーグルは冷たく首を横に振る。奴は『機械の生まれ変わり』とも評される、ギャグも冷たい冷酷な男である。琴美監督の汗と努力など全く無視して、目の前の現実を淡々と報告するのみだ。
「判ってるっ!」「経験者に代わって貰いますぅ?」「えっ、私?」
イーグルが朱美を指さしている。さっきから『何のコントを見せられているのか』と呆れていた朱美に、飛び火した形だ。
「いえいえ」「どうせもう旦那と『パンパン』してるんでしょぉ?」
断ってもイーグルからの圧が凄い。しかし『部外者』の見ている前で、例え『演技』であってもやりたいとは思わない。
相手が琴美ならまだしも、パパとは絶対に御免だ。それに、汗びっしょりの琴美監督から、今見えている『Gパンツを借りなければならない』と思うと、思わずニヤケてしまうではないか。
琴美には本当に申し訳ないと思いつつ、苦笑いで琴美を指さした。
「だとしても、『コレ』を借りるのは、ちょぉっと困りますねぇ」
するとイーグルの方がより困った顔になって、琴美監督に聞く。
「監督、どうします?」「いやイーグル、どうしますじゃなくてぇ」
冷静に相談するのもどうかしている。監督に尊厳とか無いのか。
「お客様なら『ナシ』でもイケますけど?」「ちょっと待ってっ!」
発案者のペンギンが画面を操作する手を止めた。しかし顔を上げたペンギンの顔は、『お客様、もう準備出来てますけど?』だ。
「私の映像、何処から、どうやって、いつ、スキャンしたのっ!」
人工知能に詳しい朱美なら『学習の過程』を熟知している。会社のありとあらゆる所に『隠しカメラ』が仕込まれている可能性が。
「いえ『これから』ですけど。スタンバイOKですぅ。どうぞぉ」
画面を見ながら天井を指さしたペンギンの顔は、至って真顔だ。




