海底パイプライン(七十三)
「なにこれ。二枚も飛ばしちゃったのぉ?」「はい。すいません」
チェックリストを全員で確認しながら、湯船の方に戻って来た。
ポージング役を兼ねている琴美監督は、完全な手ぶらである。だから、今更必要のない『プログラマー』を、スケジューリング要員として連れて来たのに。それが何でミスするかなぁ。
「指の湿り気が足りなくて、纏めて捲っちゃったみたいでぇ……」
マシントラブルに備えて、パパのチェックリストだけ紙だったのが良くなかったらしい。決してペンギンとイーグルの『意地悪』なぁんてことではないだろう。笑っているけど、絶対に。
彼らは見た目以上に、やるなら『もっと酷いこと』をする奴らだ。
「満天の星ぃ。満月ぅ。サァンゴ礁ぉ」
両手を広げた琴美監督が、歩きながら天井を見つめて叫ぶ。
仕様を理解した上で、当然『切り替わるだろう』と思いながら二番の岩に座った。しかし何も起きないではないか。『んだよもぉ』
仕方なくスッと立ち上がり、体を揺らしながら叫ぶ。
「満天の星いっ! 満月うっ!。サァンゴジュウゴ礁おおおっ!」
「あのぉ監督ぅ。すいません、『音声認識』は機能してましぇん」
すると『早く言え』とばかりに先ずは地団太。髪を振り乱して。
「はぁ? どぉおしぃてぇさぁ? 登録したぁんじゃないのぉ?」
「いえあの、登録したのは『契約者様の声』だけなので」「ちっ」
ならば仕方あるまい。しかし琴美監督は首を捻る。見間違いか?
「見せろ」「は?」「チェックリスト!」「あっはい」「寄越せ」
顎と指の仕草で判らなかったらしい。鈍い男だ。それで本当に会社で役に立っているのか、甚だ疑問だ。親の顔が見たい。
いや、取り上げて見てみれば、やはり『見間違い』ではなかった。
「ちゃんと『音声認識』って、条件に書いてあるじゃんかよぉっ!」
人に叫ばせといてコレとは。温厚な琴美監督も流石にぶち切れる。
「いやあのぉ。本来ならココに『契約者様』がいらしたので……」
「じゃぁ条件に『契・約・者・様・の・発・声』って書いとけっ!」
「すいません。次回からそうします」「次回は無いのっ!」「はい」
ダメだ。下っ端に幾ら言っても直りそうにない。
「申し訳ございません。後できつぅく、逝っときますので……」
イーグルが血相を変えて飛んで来ていた。
二人の間に割って入り、真顔で腰を折ってのお辞儀を目の当りにすれば、琴美監督の声も少しは和らぐ。
「頼むよぉ。お客様の貴重な時間を頂いてるんだから。判ってる?」
ちらっと朱美の方を気にしながら言われると、イーグルも再び礼。
「認識が甘かったと承知しております。申し訳ございません」
すると琴美監督は、チェックリストをトントンと叩く。
「こういうミスはねぇ、『凡ミス』で済まないことも、あるよぉ?」
「はい。社に戻りましたら、直ぐに緊急点検を実施させて頂きます」
チェックリストを琴美から両手で受け取り、それでパパの頭を『コツン』とやってから返した。角の所で。少しは反省したか。
「おじいちゃん、今の出せる?」「お任せ下さい監督ぅ。ハイッ」
流れるような操作で『満天の星。満月。サンゴ礁』に切り替わった。驚きつつ事態を見守っていた朱美が、目の前が一瞬真っ暗になったことにも驚いている。天井を見上げて『あぁ』と、やっと安堵。
「お魚も出しましょうねぇ」「いやおじいちゃん。仕事早いやぁ」
すると今度は床面が青白く光り、魚やクラゲが一斉に泳ぎ始める。




