海底パイプライン(七十二)
「監督ぅ、次はこっちの調整もお願いしまぁす」「おじいちゃん?」
気が付けばペンギンが居ない。琴美は辺りを見回した。
浴室で迷子になるなんて、何処のワンダーランドだ。と思ったら、シャワー室に居た。手にした画面の映像を頼りに、仕掛けられた『カメラの位置』を確認している。
「あっちからも、こう狙ってますねぇ」「はぁいはいはいはいはい」
ガラス張りのシャワー室に向かってカメラを設置するのは、最早『常識』の感あり。納得して頷く琴美監督とは対照的に、朱美はただただ驚くばかりだ。思わず質問も飛び出す。
「これ、カメラ何台あるんですか?」「あぁ、今の所十五台ですね」
「何ですか? 『今の所』って」「いや、突っ込むのそっちぃ?」
朱美の感性は確かに『他人』とは違うようだ。当然『主演』になるであろうことは、ココに居る全員が理解している。
良い旦那を持って、当人もさぞや鼻が高いことであろう。
「メーカーとしては『有線』を推奨しているのですがぁ、後から工事不要の『無線』のオプションカメラも、取り付け可能でしてぇ」
オプションの説明は、どうやら『パパの役割』か。しかし営業は不慣れなのか、歯切れの悪いセールストークである。
「後から黙って取り付けられたら、発見出来るんですかぁ?」
これは朱美にしてみれば、困ったオプションだ。
徹なら際限なく発注してしまいそう。いや、絶対にする。しかし流石は『主演女優』だ。やはり『全てのカメラ位置』を、把握しておきたいのだろう。いやはやその気持ち、判らんでもない。
思いがけず『あられもない姿』をカメラの前で晒す。そんな不始末を未然に防ぐことが『使命だ』との思いが、強く伝わって来る。
無理もない。朱美は完璧主義者だ。旦那から見て妻は、いつまでも『美の象徴』であり、『白目になって寝ているシーン』とか、湯に浸かって『あ゛ぁあ゛ぁあ゛ぁっ』なんて言っている姿は見せたくはない。当然、色んな所を『ボリボリ』している姿も。
例えそれが『旦那の望み』であったにしても、ダメなものはダメ。
「一応オプションで『カメラ検知器』もありますけど」「買います」
「即答って。お値段は」「二台買います」「えっ、あ毎度どうもぉ」
値段も聞かずに二台も買うとは。金持ち恐ろしすである。
「GO! Gスポォッツッ!」「Good。カンマ・ツースリィ!」
「何ぃ一発OKじゃなぁい。下のマクロも撮れてる?」「OKです」
二人が話している間に、シャワー室の『カメラテスト』は一発でOKだったようだ。こんな狭い所に、上からと下からで合計三台。
全く。旦那の『嫁に掛ける情熱』には、ほとほと頭が下がる。
「あっ、監督ぅ。向こうのチェック、飛ばしてましたぁ」「はぁ?」
パパの報告に琴美監督は切れ気味である。いや切れている。
琴美監督は『使えない奴』はドンドン切って行くタイプなのか、ミスをしたパパに対する当たりが強い。それ所か、先輩のイーグルに対し、『お前の教育はどうなんてんだぁ?』と無言の凄みだ。
「申し訳ございません。良く逝っときます」「頼むよぉ? マジで」
親指を横に振り、首を掻っ捌く仕草。これが『いつものこと』なのだとしたら、それは一体『命』が幾つあれば可能なのだろうか。
しかし『アルバイト監督』とは言え、琴美の気持ちは判らんでもない。そもそも『間違えないように手順書がある』のに、パパはそれを見ないで、見事に間違えてしまったのだから。喝っ!




