海底パイプライン(六十七)
『退くなっ。はあぁっ!』『えっ何、クッションにしちゃう感じ?』
何だか画面の向こうが『楽しいこと』になっている。
しかし実際は、目の前にある『扉の向こう』の出来事であり、そしてもう直ぐ目の当たりにする『現実』のことに?
「ちょっと待って下さい!」『ちょっと待って下さいよぉ!』
「今、開けますからぁっ!」『今、退きますからぁ』
危険を承知で玄関扉へと急ぐ。まさか本当に『鉄拳』を撃ち込んだりはしないはず。もし玄関扉に傷でも付けられたらと思うと、居ても経っても居られない。留守番をした自分が責められてしまう。
『コォォォォォッ』『イイネイイネイィイネェッ、集中してこっ!』
まさかまさか『本当に突き破る』なんてことは、ない。よね?
えっ嘘でしょ? 朱美はサンダルも履かずに玄関へ飛び降りる。
手を震わせながらチェーンロックを外しに掛かるが、いやこれが、最後が引っ掛かってなかなか外れない。
「今開けますっ!」『フゥゥゥゥッ』『エネルギー充填百二十%!』
『朱美さーん。離れていた方がぁ良いですよぉ。警告しましたよぉ』
扉の向こうで『ヤバイ息遣い』が聞こえて来る。
あれ? 今ってもしかして、高田部長も退いた?
『カチャンッ』「開けます!」『バッ』『ブゥゥゥンッ』『!』
正面から『暴風』に襲われて、朱美は思わず目を閉じていた。
口から入った空気で、ホッペがブルルンと揺れた感じが。髪も『後ろへと流れた』であろうことは、揺れた前髪の動きから予想可能。
しかし一番はお腹にだ。急所となる鳩尾に一発ズドンと。
今までの人生で、こんなにも強い『風圧』を食らったことはない。実際は腹に当たって、両脇腹へと移動したのであろうが、受けた本人にすれば、完全に背中まで突き抜けたとしか表現出来ない。
「いやぁ、良く留めましたねぇ」「ちっ。何だ。居るじゃねぇか」
散々である。開けなくても地獄、開けても地獄とはこのことだ。
「ミニスカート、かっわいぃっ!」「今のでパンツ見えたぁ?」
「こっちからは何も?」「何だしっかり見ろっ!」「何をですかぁ」
しかし、どこをどう巡り巡って辿り着いたが『このメンツ』だとしても、玄関扉を平気でぶち破ろうとするコイツ等の、一体どの辺が『信頼出来る人物』なのかを徹に問いたい。
風が納まって前髪を直すと、朱美は『フンッ』と一息。胸の前で腕を組むと、まだふざけている奴らにグッと一睨みだ。
すると効果があったのだろう。神妙な顔になり、いそいそと元の位置に戻ったではないか。まるで『何も見ていません』的な素振り。
「どちら様?」「NJSの方から来ました」「それは聞きました」
眼鏡を揺らし困った風にしているが、それは『方って何だっ、て突っ込めよ』と思っているからだ。場所さえ判れば、二十四時間三百六十五日、実質上何時でも入れるので困ることは何も無い。
「あのぉ。ご挨拶は『中で』お願いしたいのですがぁ」「あぁ?」
「お客様のお足元も、冷えて参りましたでしょうしぃ。小生の心も」
「そっちが扉を蹴破ろうとしたんでしょ?」「いえ拳で」「はぁ?」
「あぁいえ。足で構いません。こう短いけど足でイテッ。何すんの」
高田部長が振り向いたとて、誰が蹴ったのか判らぬ。
本部長だろうけど、琴美ちゃんかもしれないし、『殺すぞ』と脅された牧夫かもしれない。
「まぁ入って」「失礼します」「変なことしないでよっ」「はいぃ」




