海底パイプライン(五十九)
「一応コレ『賞品』なんですよ」「えっ? 何の?」「訓練のです」
制服の男は廊下の棺桶を指して笑っているが。サッパリ判らぬ。
「離せっ! 硫黄島なんかに行かねぇっ!」「うるせぇなぁ」
「もう『ピッチピチ』じゃねぇか」「出したら四角くなりそうだな」
高田部長はマジで首を傾げている。見かねて答えを。
「陸軍との合同訓練ですよ」「あぁもうそんな季節かぁ。へぇぇ」
ニンマリと笑った所を見ると納得のご様子。これが今年のかぁ。
硫黄島に常駐する陸軍と吉野財閥自衛隊で、ガチガチの戦闘訓練を実施しているのだ。訓練は司令部を占拠するまで続けられる。
攻め方と守り方に別れ、本格的に『上陸する所』から開始と。
「今年はどっちにしたの?」「守る方です。くじ引きで外れまして」
基本的に『ほぼ同数』なため『攻め有利』な訓練である。
「あっそぉっ! それは大変だぁ。おい、お前ら頑張れよ?」
「うっす!」「頑張りますっ」「今年こそ勝ちます!」「気合いだ」
『ドンドンドンッ』『開けろぉぉぉっ!』「静かにしろっ!」
特別顧問として戦闘訓練を指導することもしばしば。だから皆『顔なじみの部下』でもある。しかし高田部長の話しっぷりから、自身は今回の硫黄島戦闘訓練に不参加らしい。
「イーグルも参加して下さいよぉ。陸軍の奴ら、酷いんですよぉ」
「そうですよぉ」「去年も良い所で殺られました。なぁ」
「後ろから忍び寄られてグサッて」「あぁっ!」「こんな感じで」
「何ぃ? あいつらズルしてくるのぉ? 楽しそうじゃん!」
突然目が輝く。『後ろから刺す』だなんて、何て魅力的な響き。
すると『やっぱり参加して下さいよ』な切実な目になっている。
「聞いて下さいよぉ。あいつらピンチになると、後詰めに『空挺』飛ばしてくるんですよぉ? それでもう、一気に形勢逆転して……」
「何で習志野から出張って来るんだよっ! 前提が違ぇよなぁ?」
笑い飛ばしているが、高田部長もパラシュート降下してくる空挺団と一戦交えたことがある。大分昔だが。
「何でなんだかなぁ」「毎年毎年毎年毎年」「ブーン。ホワワァ」
陸軍で最強と名高い部隊であるからにして、卑怯と言えば卑怯だ。
きっと『お前ら南国のバカンスに行くぞっ!』とか言われて、ホイホイ出張って来るに違いないのだ。で、好き放題に暴れると。
「去年も一昨年もだぜぇ。なぁ」「俺も後ろから刺されましたよ」
傷跡がうずくのか『刺された場所』を示しながら、苦笑いだ。
「もうね、奴ら『空の神兵』掻き鳴らしながら降下して来るんでぇ」
すると高田部長はパッと発言者の顔を指し示す。
「俺も聞いた聞いた! それ、奴らの『テーマソング』だもんなぁ」
「そう。だから直ぐ『来たっ』て判るんですけど、なぁ」「えぇ」
渋い顔だ。高田部長は口を尖らせる。
「パラシュート降下中に、高射砲で撃ち落としちゃえば良いじゃん」
「あれば撃ってますよぉ。でも銃は『訓練用』じゃないですかぁ」
「あぁ。そうだったなぁ。流石に実弾じゃぁ、死んじゃうからなぁ」
地上からの攻撃が無いパラシュート降下なんて、確かに南国のバカンスに他ならない。しかし、どうにかならないものだろうか。
「ブーメランだっけ? 去年当たったの」「おぉ。やるじゃん」
実弾は禁止となっているが、ブーメランは禁止とは書いていない。
「でも奴ら、パラシュート破れても何か無意味でぇ」「はぁあぁ?」
流石の高田部長にも、その理論は良く判らない。
どうやら空挺団にしか出来ない『特殊な訓練』があるようだ。
「海面に着水したり砂浜に着地して、普通に攻めて来るんですよぉ」
「何だ化物かぁ?」「いやイーグルに言われたくないです。なぁ?」
高田部長も認める『化物軍団』であれば、一般兵でどうにかなる相手でもないのであろう。全員が苦笑いだ。
「そうですよ。奴ら『作戦名』を何て言っているかご存じですか?」
「硫黄島上陸作戦とか?」「違いますよぉ」「それ、普通ですぅ」
突然の質問に高田部長は首を傾げる。それ以外に何があると言うのか。サッパリ判らずに反対側へ首を傾げた。
「じゃぁ何?」「本当にご存じ無いのですか?」「うん。知らねぇ」
隊員同士が顔を見合わせる。やはり発言は制服の男だ。
「捕虜に吐かせたんですけど『ペンギン掃討作戦』って言うんです」
「何だ! 俺じゃないじゃん! あぁ良かったぁ」「いやいや……」
本部長は相当『恨み』を買っているようだ。しかし本人を目の前にして口には出せないが、実は副題があった。
作戦名『イーグル・マジ・コロス』略して『EMK』である。
特別顧問の『ペンギン』と『イーグル』が合同訓練に参加したのは随分昔のことだ。その年まで臨場感を出すため『ナイフは本物』というルールだった。既に銃の方は『訓練用』である。
空挺団が上陸後、指令室の建屋にまで順調に侵攻したものの、そこで二十人もの死傷者を出し、訓練は途中で中止となってしまった。
以降ナイフも『訓練用』になってしまい、特別顧問は不参加だ。
「今年負けたら『ボーナス無し』だってぇ」「助けて下さい!」
「いやぁ俺さぁ、訓練とか苦手だからさぁ。ついなぁ? 判るぅ?」




