海底パイプライン(五十八)
「所でこれって『新作ゲーム』ですか? 買えるなら買いたいなぁ」
真面目な顔をして言うものだから、高田部長は思わず笑ってしまう。右手を上げて大きく左右に振る。
『クゥゥゥッ。ガクッ』『部長、私の勝ちですよね?」『おいでぇ』
「これぇ? 違う違う。こんなの何の面白味もないよ。欲しいの?」
『ずっと欲しかったんです。待ってました。部長……』『朱美……』
狭い独房の中で、何だか会話までが混ざり合ってしまっている。
「頂けるんであれば、是非欲しいですねぇ。島に持って帰ったら、きっと凄い『奪い合い』が始まりますよ?」「まじで?」「ええ」
『あぁっ! ぶっちょぉぉぉぉっ!』『イイゾォあっけっみぃぃ!』
「あはは。それは見て見たい。いやぁでもまだ『試作品』だしなぁ。この程度の仕上がり具合じゃぁ、悪いけどタダでもあげられないよ」
『部長ぉ。私も味わって下さい……』『しょうがないなぁ。おいで』
「そうですかぁ」「ごめんなぁ」「いえいえそんな。とんでもない」
慌てて両手を左右に振り、恐縮しきりだ。
『あっあっあっ、これぇ、これなのぉぉっ! あぁあぁあぁっ!』
ディスプレイの明かりに照らされた六人の顔。目が血走っている。
「ほらお前達、そろそろ行くぞぉ」「えぇっ! 今始まった所です」
『あぁ、とろけてしまいそぅ』『私も溶かしてぇ』『どれ』『あっ』
「こんなの島じゃぁ絶・対・に見られません。一緒に見ましょう!」
気持ちは判らんでもないが、今は『任務中』である。
制服の男に『どうしましょう?』と見つめられてしまっては、最初に薦めた本人として、最後まで責任を全うしなければなるまい。
「仕方ないなぁ。じゃぁ最後は派手に『乱戦』なぁ。ポチっとな」
『部長、私もう待てませんっ!』『順番を守って』『早い者勝ちぃ』
「おぉおぉっ!」「全員プレイだっ!」「これは、男の夢だな……」
ディスプレイを覗き込まなくても、何が起きたのかは判る。
ディスプレイの中も外もヒートアップして行く。
更にはノートPCまでもが熱を帯びて。幾らチューンナップされたPCと言えど、七人が入り乱れての処理は負荷が大きいようだ。
見る間にCタイムが上限に近付きつつある。遂にはネットを通じて、外部にまで計算を飛ばし始めた。
まぁ、落ちたら落ちただ。耐久テストも兼ねてそのまま放置。
「ムーッ! ムーッ!」「所で、コイツ、今度は『空輸』だよね?」
高田部長が指さしたのは、口を押えられた宮園だ。
「はい。その通りです。前回は大変申し訳ございませんでした」
宮園を『駆逐艦』に乗せて護送している最中に、まんまと東京地下解放軍に拉致されてしまったのだ。
「しょうが無いよ。聞けば相手は『大佐』だったらしいじゃん?」
高田部長は片目を瞑り、笑いながら指さしている。
「そうなんですよ。まさか、紛れ込んでいるとは夢にも思わず……」
念のために言えば、失態を犯したのは制服の男とは違う奴だ。
「まぁ、死人が出なくて良かったよ」「そう言って頂けるとぉ……」
しかし、何だか必要以上に恐縮しているのは気のせいだろうか。別に高田部長はそこまで怒っているようにも見えない。
「あはは。良いって良いって。だから今・度・は、大丈夫だよね?」
肩をポンポンと強めに叩いているが、顔は笑っているし。
「はい。飛び上がってしまえば手は出せませんし。大丈夫かと」
しかし、だからこそ怖い。寧ろ笑っている方が怖いかもしれない。
「そぉねぇ。今回は輸送スケジュールも極秘だし」「仰る通りです」
ここは『流石俺』と言わんばかりだ。言われた方は深く礼。
すると高田部長が右拳で左掌をポンして宮園を指す。
『あぁ。私、飛んでいるみたい。気持ちイイィ』『私も飛びたぁい』
「念のため、コイツ『貨物室』で良いからね?」「はぁ?」
廊下に置いてあるのは『棺桶』である。人並みの大きさなのでサイズ的には心配だが、詰めれば入るだろう。
「あぁ何ぃ? もしかして『人間扱い』しようとしてたぁ?」
つれない返事に指を指されて、両手を左右に振りまくる。
「いえいえ。あのですねぇ『輸送機』なので、荷室しか有りません」
納得して大きく頷く。しかし何処までが冗談なのだろうか。
「そうかそうか。じゃぁ棺桶に『パラシュート』付けて放り出せっ」
随分酷いことを言っているが、腕を振りつつ顔は実に楽しそうだ。
「一つで足りますかね?」「一つありゃぁ十分だろ」「ですかねぇ」
大切な荷物や壊れ物なら、一応二つは付けるだろう。悩み所だ。
『おちるぅぅ。あぁ部長っ! 部長っ! ぶちょぉぉぉぉぉっっ!』
「そんでもって、海の上にでも落としてやれ。ドッボーンってな?」
着水した瞬間、笑顔とは対極の『心配顔』になってしまう。
「いやいや、そんなことしたら、直ぐに沈んでしまいますって!」
すると片目を瞑ったではないか。また変なことを思い付いたか。
『あぁぁ』『あぁぁ』『あぁぁ』『あぁぁ』『あぁぁ』『あぁぁ』
「大丈夫大丈夫。俺が『ムチムチ送った』って、無線打っとくから」
手で打電している。すると意味が判って、やっと笑顔が戻る。
「なるほどぉ。それなら確かに」「先を争って奪い合った挙句、蓋開けたら速攻で撃たれそうだけどなっ!」「それは、有り得るなぁ」
やっぱり心配な顔。事情を『知っていた』ら、巻き添えを食らう。
「せめて『蓋の裏』に写真位貼っといてやるかぁ」「名案ですねっ」
どうやら宮園の『空輸方法』が、ここに決定したようだ。




