海底パイプライン(五十五)
「特別サービスと、んんっ? 何だ?」「アカウント削除だけはっ」
言い掛けた所で勢いを殺がれ、思わず前にズッコケる。
危うく椅子から落ちる所だった。高田部長は舌打ちをしてから椅子に座り直す。次は溜息。
「お前規約違反したらさぁ、どうなるか位、良く知っているだろ?」
「最悪は『アカウント削除』です」「だろぉ? 判ってんじゃん!」
規約によると『凍結(解除有)』又は『削除』だ。ある日突然『アカウントがバンッ』と消えるから略して『アカバン』。
「でも、これ位『みんなやってる』じゃないですかぁ。酷いですよ」
他のユーザーに『暴言』とか『進路妨害』とか、要するに『喧嘩』したようなときは、『頭を冷やせ』との意味で一定期間凍結される。
「そんなことないだろぉ。お前だけだよ。酷いことやってんのはぁ」
ゲーム内に『存在すること自体が害悪』と認定されるとアカバンだ。宮園のアカウントは今『風前の灯』である。
「いやだって『パンツ見える』から、皆買ってたじゃないですか! それで俺だけアカバンなんて、酷いっす。納得出来ないs」
「黙れっ! このグズ野郎がっ!」「!!」
大切な報告でさえ、いつも上の空で聞き流している高田部長が、珍しく報告を遮ってまで怒鳴り散らした。目も怖い。
「お前がしたことなんて、全部バレてんだよっ! 全部言わないのは『調査方法』がバレないようにっ! 誤魔化せると思うなよっ!」
流石は『自称神』である。全てお見通しだと言わんばかりに、腕を真っ直ぐに伸ばして宮園を指さした。しかし急に雰囲気が変わる。
「はぁ。もう良いや。どうせお前はもう『終わり』なんだし。『何処までバレてるか』教えてやるよ。良く見とけよ? このクズ野郎」
端末をババババッと操作すると、『キャラ装備』の画面が表示された。中央に話題の『宮園朱美』の全身像が。
腕を曲げて軽く足を開き、少しリラックスした感じの『ファイティングポーズ』だ。澄ました顔は『やるか? おらぁ』と凛々しい。
小刻みに前後と上下に動いているからか、胸と服が揺れている。
右端にはゲーム画面にはない『数値』がズラッと並んでいて、これは単なる『着替用』と言う訳では無さそうだ。
「先ず最初に『スキン作成ツール』を改造しただろ」「……」
どうやらそれは『現在の装備』を表示させ、『見た目を変化させる』ことが出来る画面らしい。マウスカーソルを数値に合わせた。
「これだよ。『下限値』の限界突破な? はいゼロ投入しまーす」
最初にゼロを投入したのは『スカートの丈』である。
すると揺れていたスカートが『パッ』と消えて、パンツが丸見えになってしまったではないか。スカートは『装備中』となっている。
しかし脱がされても、表情が変わらないのがシュールだ。
「エロイなぁ。あぁエロイエロイ。袖の長さもゼロにするかぁ?」
当然袖が無くなった。丈もゼロにすると上着も消える。
「靴下も靴のサイズも、勿論ブラジャーのサイズもゼロにすると」
どんどん『ゼロ』を投入して行くと、『装備中』であるにも関わらず、キャラの見た目は『単色』へと変化して行く。
「あらあら。面白いですねぇ。スッポンポンになっちゃったぁ」
まぁ、そうなりますよね。高田部長は面白がっているが、『CG』には一ミリもそそられないらしい。
寧ろマウスに持ち替えると、『キャラの足元』をグリグリする。
「お前さぁ、こんなんなっちゃって『影と合わねぇ』とか、思わなかったの? 思わなかったらさぁ、お前相当『センス』無ぇよ?」
マウスを放り投げた。直ぐに打鍵音が鳴り響くと画面も消える。
次に表示されたのは、何処かの『販売サイト』であった。ちゃんと表示されたかを、ディスプレイを見て確認してから説明を始める。
「で今度はぁ、『特別版』とか言って、自分のサイトで販売してただろ? ほら。購入履歴がタンマリ。凄い売り上げですねぇ?」
素早い動きだ。『改造スキン作成ツール』を示した後、再び画面が切り替わっていた。サイトの『管理画面』で、『累積売上一覧』を表示している。ズラッと並ぶ購入者の履歴。
「確定申告しましたかぁ? 会社に届け出しましたかぁ?」
最後に付け加えたのは『親切』か? 手続きは忘れずに、きちんとしましょう。税務署はあなたの所へ必ずやって来ます。
再び『販売サイト』のトップページが表示される。
「しかも『売り文句』がコレよ。『開発会社の正式ツールを特別に改造しました。安全安心』だってさぁ」
いつの間にかマウスに持ち替えていた。文字を示して笑う。
しかしやっぱり、再びマウスを叩き付ける。壊れないかしら。
「馬鹿かお前はっ! このツールが『撒き餌』なのっ! お前、家のプログラム作っていて、ロードが暗号化されてんの知ってんだろ? それがお前、市販ツールで逆アセンブルが出来て、判りやすく改造出来るようになっていて。それをお前、まさか『社員』が飛び付いて改造して、得意になって販売までして。馬鹿じゃねぇの?」
『呆れてものも言えぬ』と言うが、高田部長は違うらしい。すると黙っていた宮園が、やっと口を開く。
「泳がせてたのかよ……」
言い方からして、全て『事実』であったと認めたようなものだ。
しかし意外にも高田部長は笑いながら首を横に振る。
「いやぁ。いつでも潰せるから『放置』してただけ。馬鹿だなぁって思いながら。皆、笑ってたよ? 知らないだろ!」
一番笑っていたのは『作戦を立案』した高田部長だ。
笑い過ぎて溢れ出た涎を拭いてから言葉を続ける。
「因みにだなぁ『改造スキンで撮影した動画』を、『ネットにアップした奴』から、問答無用で順次『バン』してっから! まぁ『友達の居ないお前』なら、それすら気が付かないだろうけどなっ!」
宮園は返す言葉が見つからない。罠なら罠と言って欲しかった。
最初から『罠』と判っていれば、もっと別の方法を模索したのに。
『ご苦労様ですっ! 奥の部屋で『特別顧問』がお待ちですっ!』
受付の方から『挨拶』が聞こえ、直ぐに複数人の足音へと変わる。
「じゃぁ、そろそろ時間だからさぁ、『エンディング』にしようか」
時計を見ながらだった。振り向いて受付の方も気にしている。
宮園はもう諦めて黙っているしかない。しかし高田部長は、管理画面で『アカバンしちゃいますか?』に『逝っちゃえ』と答えるだけなのに、表示されたのは別の画面である。
宮園はその画面に、思わず見入ってしまう。何しろそこには裸の『宮園朱美』と、裸の『見知らぬ男』が映っていたからだ。
「パンパカパーン! 今回特別にご用意しましたぁ!」
「何をするんだっヤメロォッ!」「やめませーん。ハイスタートォ」
滑らかに動き出した宮園朱美の顔は、もう相手の男に夢中だ。
『私もう『宮園武夫』では満足できないの……。お願い。壊してぇ』
「ヤメロォォォッ! 俺の『朱美』に何してるんだぁぁぁっ!」
「そんなに興奮すんなよ? まだお前、『一キャラ目』だぞぉ?」
『あぁイィッ。これよぉ、求めていたのはこれぇっ。全然違うぅ』




