海底パイプライン(五十三)
「お客様の仰ること、よぉぉぉっく判りますぅ。その通りですぅぅ」
深々と頭を下げられて、宮園は逆に驚いていた。
高田部長が自分に対して頭を下げたことなど、ただの一度もなかったからだ。返す言葉が見つからない。
しかし頭を下げている高田部長に言わせれば、今までの人生でただの一度も『心からの謝罪』などしたことがない。
何時なん時、誰に対してであっても、等しく『口先だけ』だ。
「お客様の『購入履歴』によりますとぉ、『エロエロセット』を購入したして変更されてますよねぇ? ほらこれ。うわ、えっろっ」
画面には凝ったデザインの装備を身に纏った姿が表示された。
肩は露わで胸も弾け飛びそう。へそも脇腹も見える。スカートは前は長いものの、サイドがパックリと割れていてるではないか。
「そ、そんなもん俺は購入してねぇよっ!」「あれ、そうですかぁ」
高田部長が画面に表示したのは、『天の舞・狂喜乱舞・雷属性セット』である。レベル九十以上のキャラが装備出来る高級装備で、当時凄く人気があった。誰も彼も購入したものだ。
「そうだよっ。雷属性のキャラは居ねぇし、適当なこと言うなっ!」
言われて表情が変わる。直ぐ画面に向かうとキャラ確認だ。
「そうですかぁ……」「おいおいおいっ! 調べたって無駄だっ!」
どんなに目を凝らして、しかも三回づつ確認したにも関わらず、確かにどのキャラも『雷属性』ではない。再び口をへの字にした。
「おかしいなぁ。決済に使用したカード番号を言いましょうか?」
「おかしいのはお前だっ! そんなもん、言うんじゃねぇよっ!」
「あれま。じゃぁ、セキュリティコードまで言わないと、ダメ?」
「い、言うこと自体がダメだろっ! セキュリティとは何ぞやっ」
「いやお前に言われたくないよ」「うっ……」「で、どうなん?」
セキュリティコードとは、カードの裏にある三桁か四桁の番号で、カード番号だけで、勝手に買い物をされないようにする仕掛けだ。
本来なら『決済の可否』を判断する材料なので、カード会社にだけ届けば良いはずなのに、『物品を販売する会社』今のケースだとNJSであるが、入手出来ていること自体が問題だ。
「NJSカードなんて解約してやるっ! ゴールド会員だけどな!」
両手両足の自由が利かないのに、宮園は随分と強気だ。
「あぁお客様。今は『NJSクレジット』に名称変」「うるせぇ!」
肩を竦める高田部長。ムスッと黙り込む宮園。
「お客様ぁ、こちらの『特典』についてご存じですよね?」「……」
別に購入は『決定』なのか? まぁ、そりゃそうだ。
カード番号がバレているということは、氏名も住所も電話番号もみんなみんなバレているんだあからさまなんだである。
「ご存じですよね?」「雷属性攻撃が三十%アップだろぉ?」
流石は『全キャラレベル九十九』の男だ。いや、キャラは女か?
「それ以外は?」「雷属性以外の魔法耐性が三十%ダウン。クソだ」
そう。雷属性が弱点のボスキャラに対抗する『最終装備』と期待されたのだが、倒したいボスの魔法攻撃は全部『闇属性』であった。
「ほほぉ。良くご存じで」「し知らねぇのかよっ!」「えぇ。全然」
一瞬の間。にこやかな高田部長を怪訝な表情で見ていると、画面がパッと切り替わった。おや? 夏が来たか?
「こちらが当時出回っていた『不正スキン』でしてぇ。見覚えは?」
一応断っておくが、これはNJSクレジットでの設定話である。
クレジットカード番号は、システム内では常に暗号化されていて、本番業務に関係のない開発者は知るところに非ずだ。
それが例え、データベース管理者であっても不可能である。
暗号化されたカード番号を復号化するには、プログラム名称すら極秘の『復号化プログラム』が必要となる。しかしコイツも厄介で、本番環境でのみ実行が可能となっているのだ。
当然ソースコードが非公開なのは勿論、ならば仕様書も然り。
万が一にでも、本番業務以外で『閲覧が必要』な場合は、『三人以上の部長承認』又は上位者の『本部長の承認』が必要となる。




