海底パイプライン(四十八)
NJS本社ビルの名物『地下牢』に一人の男がやって来た。
守衛がサッと敬礼すると、高田部長もニッコリ笑って敬礼は返す。ここは『会社』であって軍隊ではないにも関わらず。
本来なら『面会届』への記入をお願いする所であるが、守衛が直ぐに差し出したのは『パイプ椅子』である。
「あっそれ、今日はイイや。代わりに、悪いけど開けてくれる?」
指さしたのは地下牢の方である。誰か『出所』させるのだろう。
しかし『そんな予定』を守衛は聞いていない。
「はっ承知しましたっ! あのぉそれ、お持ちしましょうか?」
そんなの関係無いらしい。腰にぶら提げた『鍵束』から、必要な奴を探し始めた。それ所か、鍵が見つかると高田部長が手にしている『ノートPC』と『ディスプレイ』を指さす。
差し入れにしては無意味だと、思っていたからだ。
「気にしないでぇ。最近のは軽くなったよねぇ」「そうですね……」
そんな物、ココで何の役に立つのか。反論は出来ぬが。
「所でさぁ、中に『コンセント』って、あったりする?」
「いえ、無いです」「あっやっぱりねぇ。ですよねぇ」「え、えぇ」
何だか『人の子』みたいな一面が垣間見えた気がして、守衛は苦笑いだ。直ぐに延長コードを用意し始めた。
「先行ってるねぇ」「はい。直ぐ追い付きますっ!」「よろしくぅ」
高田部長が右手を上げて先に行く。
地下牢は古い石を積み上げて作られた、『中世の城風』で内装が仕上げられている。ご丁寧に水がしみ出す音まで。誰が考えたのやら。雨に濡れると溶ける世界で、それは結構な嫌がらせだ。
今通り過ぎた『揺れるロウソク』の明かり。実は白熱電球だったりする。そのソケットが『コンセントがあるタイプ』になっていて、明かりを灯しながら電気が使えるのだ。良く考えてある。
「いよう。武ちゃん。元気にしてたぁ?」
ベッドに寝っ転がり、壁を向いて寝ているの男が振り返った。その顔はやつれて、は、いない。丸々と太ったままだ。
「ふふふふーん。ふふふふふふぅぅっ!」
訳の分からないことを叫んでいるのは宮園武夫である。
奴は三つの名前(本名・住所・電話番号)を使い分けながら、追手を逃れて地下に潜伏していたが、この度無事、NJSの手によって確保されてしまったのであった。軍よりも警察よりも早く。
「何? 『馬鹿野郎、これを外せ』だぁ? あぁ今外してやるから」
猿ぐつわをされているのに、それで良く『意味』が通じるものだ。
守衛が追い付いて来て、先ずは鍵を開けると延長コードの準備を始めた。高田部長は中に入った。
「閉めなくて、大丈夫……ですよね?」「OKOK。ありがとぉ」
規則通りか。延長コード渡しながら守衛は言ったものの、徐々に『無いわ』と思い直していた。頷くと笑顔で行ってしまう。
高田部長は守衛を見送ると、宮園の猿ぐつわを外す。
「プハーッ。テメェこらっ、グフッ」
「うるせぇ。準備が出来るまで、もうちょっと咥えてろっ!」
弱い。実に弱過ぎる。やはり宮園は『口だけ人間』のようだ。
ニッコリ笑って命令したのに、直ぐに黙ってしまったではないか。




