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海底パイプライン(四十五)

 タバコを咥えたまま立ち上がったのは、NJSで『剛腕』として名高い江口宏実部長だ。鋭い目で威圧すれば、口を利く者は皆無。

 その上、太い首、太い腕、太い脚。胸筋も然り。今日も服が張り裂けんばかりにパンパンである。皆、目を合わせないように必死だ。

 おむすび型の顔で、口を開けば正に海苔。当然声もデカい。鷲鼻から繰り出されるタバコの煙は真下に。深いほうれい線。


 NJS『上役にしたくない人物』部門で、十年連続ナンバーワン。更にNJS『社内腕相撲大会』女子部門で、十五年連続優勝を誇る。

 公式戦の対戦成績は三〇九六勝無敗と敵無し。非公式戦を含めると、何と六五五三五勝一敗という成績を聞けば、誰も逆らえない。

 左手を腰にあて、右手でタバコを摘まんだ。上を向き『フゥゥゥッ』からの舌打ち。吸引。再び『フゥゥゥッ』からの舌打ち。


「ク・ソ・がっ」

 暴言が小さく聞こえた。しかし誰の耳にも届いてはいない。当然『審査』なんて始まらない。流石に机の下の『エロ動画』も休止だ。

 今度は机上に並んだ企画書に軽く『フゥゥゥゥッ』と煙を吐くと、机に当たった煙が勢い良く跳ね返る。やがて会議室を包み込んだ。

 再びタバコを咥えた。今度は何か喋るからだろう。右端に寄せて。

 しかしまだ『お言葉』は無し。代表して山口課長が『そっと』顔を上げた瞬間だった。目が合う。もう逃れられない。


「やぁまぁぐぅちぃっ」「は・い・ぃぃっ!」

「いつも『返事は』良いよなぁ? いつもよぉっ」「はいっ!」

「しかし『コレ』は良くねぇんじゃねえか? おぉ。どうなのよぉ」

 抑揚の効いたしゃがれ声。聞かれた山口課長は咄嗟に頭を下げる。


「すいませんでしたっ!」「ちぃがぁうぅだぁろぉっ!」「はっ?」

 ノータイムで否定されてしまった山口課長は、驚いて顔を上げた。

 するとそこに、江口部長のご尊顔がグッと近付いて来る。


「お前が謝らなければならないのは私じゃない。『部下の方』だ」

「えっ?」「えじゃねぇんだよ。お前の説明が悪いからだろぉ?」

 山口課長にしてみれば、それは『?』であろう。

 無駄な時間と労力を使い、お金までつぎ込んで『この有様』である。この失態の責任を取るのは山口課長であり、だからこそ江口部長に頭を下げたつもりである。それを直ぐに『否定される』とは。

 しかし山口課長に選択の余地なし。起立して一同に深々と礼。


「わ、私の説明が悪くて、皆さんにご迷惑を、お掛け致しましたっ」

「だ、そうだ。皆、許して貰えるかね?」「はい」「はい」「はい」

 すると江口部長は、山口課長の肩を思いっきり引っ叩いた。


『パァァンッ』「私の説明が悪かったみたいで、済まなかったねぇ」

 目を剥いた顔を斜めにして、キスの手前、限界まで近付けている。

「いえいえいえいえいえいえ。とんでもございません……。いてぇ」

 山口課長は急いで離れた。『ファーストキス』をこんな化物に、いや素敵な女性に奪われてなるものか、との思いが垣間見える。

 今度は山口課長の肩を掴んで無理やりに座らせた。直ぐに従う。それからコツコツと歩いて、スクリーンの前に立つ。

 眩しい光を浴びると皺が消えて『美しくなる』そうだが、江口部長の顔は下からの光に照らされて、増々怖くなるばかりだ。


「まっ『この程度だろう』何てのは最初から判っていたんだ。チッ」

 灰皿に捻じ込む。次の一本を缶から取り出すと目の前に火が点る。

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