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海底パイプライン(三十九)

 朱美は足を開き下のシャワーをオンにすると、浮いた両足を振る。

 溜息をついて上を向く。徹はもう行ってしまった。また一人で過ごす夜がやって来る。この部屋とも暫くはお別れだ。

 本来『正面』にいるはずの徹の姿が今はない。カメラが覗いているだけか。寂しくなって壁に寄り掛かった。

 しかし『昨晩のこと』を想い出すと、ちょっと笑ってしまう。


「何よ『デンジャーッ!』って。あんなにも嬉しそうに。馬鹿……」

 あの顔。子供みたいで面白い。だから好きにさせているけど、『セットする身』にもなって欲しい。気にもしてないんだろうけれど。

 やっぱりねぇ『スッ』と抜けないといけないから、一度全体をセットしたら『テスト』は必要なのよ。最低三回は。

 何だかんだ言って、男の人にとっては『抜け心地』って重要なんでしょ? 一瞬で『スパーン』と、気持ち良くなれるかどうかが。

 でもね、一人で『デンジャー紐』を引き抜くなんて虚しいだけ。

 勿論『掛け声』なんてナシ。上手く抜けたのを元に戻すのだって、徹が引っ張ることを『想・像・し・な・が・ら』だからこそ。

 一人で引っ張っても何も感じないし、それを一人で戻しても寂しいだけ。せめて『引っ張るのは徹』じゃないと。

 でも、それじゃぁ『テスト』にならないか。うーん。


 朱美は顔を上げ、両サイドの手摺に両手を掛けた。少し前へ。

 位置を合わせて今度は上を向く。そうしてから体を反らせ、上のシャワーをオンにした。お湯が朱美の首元へと掛かる。

 胸で堰き止められた流れの一部は背中に回って滴り落ちる。胸を無事に通り過ぎた流れの一部もまた、美しい曲線を描くわき腹から背面へと回り、徐々に朱美を濡らして行く。

 朱美が座る戸棚は傾斜が付けられていて、一人では少々座り辛い。

 だからこそ朱美は『手摺を掴んでいる』と言う訳だ。

 

「あぁあぁあぁあぁ……。きぃもぉちぃいぃぃぃ……」

 言葉とは裏腹に顔は苦しそう。正面のカメラでは捉えられなくなり、朱美の表情を観察するなら上のカメラが最適だろう。

 湯気が充満して来たからか、少し前から外のカメラが捉えた朱美の姿が、徐々に見えなくなっていた。振っていた両足を止め、今は太ももを振っている所だと、辛うじて判る程度。

 すると突然朱美が前屈みとなる。今度は背中でお湯が跳ねているのか、ガラスを直接濡らし始めた。声は聞こえず、代わりに『ドン』と音がして、ガラス面にふくらはぎが押し付けられる。

 押し付けられた足首は徐々に上へ。多分、足をつったのだろう。


「ハァ。ハァ。ハァ……」

 この部屋の映像は、『朱美のお休み期間』を徹が耐えうるがために、日々貯め込んでいるものである。

 しかし、隣のスタジオに機材を用意したのは朱美だ。


 画像処理用のパソコンには、最新のグラフィックスカードを二枚差し、メモリも高速仕様にしておいた。長時間使用に耐えうるよう、CPUを水冷にしておくのも忘れてないわ。

 ハードウェアを最強にした上で、ソフトウェアも当然のように最強よ。徹に説明したけど、あの顔はきっと何も判ってないわね。

 グラフィック性能をフルに引き出すようチューニングを施した、言わば『専用OS』を導入したってこと。画像処理ソフトウェアだって、徹が使い易いように数多ある機能の中から、『徹に必要な機能』を厳選して組み込んでいると言うのに。

 例えばナイショだけど、『顔を入れ替える』みたいな『不要な機能』は削除。『小物の種類が多過ぎて選べない』って言うから、『徹の好み』を事前にチョイスしてある。

 特殊効果だってそう。プレイ中の映像から『全裸の徹』を消すことだって可能。そう言う映像が見たかったんでしょ?

 そう言えば今回は『女王様』の出番が無かった。『多分、お兄ちゃんも好きだと思う』って、楓ちゃんから貰った奴。

 驚いて『何で持ってんの?』って聞いたら、『文化祭の出し物』って言ってた。本当かしら? 日本の学校ってすんごいのね……。


 朱美は後ろの壁に寄り掛かった。足はダラリとなっている。

 手摺から両手を離し、足で両サイドを押さえ付けながら顔から上にお湯を拭う。乱れてしまった髪を整えて、もう一度手摺を掴む。

 隣の浴室で過ごした徹とのことを想い出す。


『この映像、オプションで色々追加出来るんだよね!』

 カタログ片手に言われましても。通信機能はOFFにしているから、オプション購入後のインストールは誰の役目? まぁ良いけど。

『あのさぁ『日本の風景』てのが今度出るんだって! 桜とか!』

 確かに『雨に濡れると溶ける世界』で、外で致す奴は居ない。

 桜の話から『日本の卒業式』の話になった。日本では卒業式に『着物を着る』と聞いて、『着てみたい』と言うと、徹は直ぐに準備してくれたっけ。二人で挙行した『卒業式』。

 徹の方が嬉しそうで、あれで一体『何』を卒業したのやら。

『夏は浴衣にしよう! ガラス越しじゃない花火だって見れるよ!』

 それは間違い。『に』じゃなくて『で』よね? 浴室のドームに『花火を映すオプション』を、徹なら絶対に買いそう。『やかたぶね』もセットだって言ってたけど、はて? 船よね? 多分。

 クルーザーのバウにある『サンベッド』なら判るけど、あぁ、徹ならオプションの『クルーザーバウ』を買いそうだわぁ……。

 どんな服にする? それとも水着? 凄く揺れるのかしら……。


「あっ、あぁあぁあぁっ、あっ、あっ、あっ、あっ」

 妄想が突然打ち切られる。朱美は思わずのけ反っていた。

 下のシャワーの水圧が変化したからだ。徹の説明によると『時間でランダムに変わる』とのこと。どうやら長居し過ぎたか。

 早く切り上げないと、余計に時間が掛かってしまう。遅刻する。


 朱美は手摺を握り、体を起こそうとするも出来なかった。

 この部屋を出たら『あと三カ月は入れない』と判っていたからだ。

 もう一つの寝室にだって浴室はある。しかも『コレと同じシャワー』が設置されていた。映像装置は……。残念。壁の一面にだけ。

 窓に見立てて色々映せたりはするのだが、余り没入感は無い。


 その代わり、浴槽を含めた浴室の各所には、朱美の体型に合わせた『クッション』が随所に散りばめられている。その上、転倒防止用にと、安全を考慮した手摺まで設置と、正に至れり尽くせりだ。

 このように『位置を固定』し『姿勢を安定させる』のは、当然『カメラで狙うため』なのであるが。勿論二人は合意済。合法で合憲。

 寧ろ『片手間の撮影』にならなくて、入浴に集中出来る。


 しかしもう一つの寝室だって、肝心の『入り口の仕掛け』は同じなのだ。一人では入れない。だから暫くは『病人用の隔離部屋』で、寂しく過ごすことになるだろう。


「んっ、んんんっ、イイイイイイッ!」

 朱美は咄嗟に下のシャワーを『最大水量』にしていた。

 徹と二人で入ったときの手癖だ。朱美は温まりながら微笑む。

 確かに徹は『恥かしいだろうから』と、最初に使い方を説明してくれた。しかし実際に使ってみると、何らの意味もない。

 最大水量を徹が手で塞ぎ、お湯が朱美に掛からなかったからだ。

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