海底パイプライン(三十七)
朱美を力強く抱き締めると立ち上がった。ベッドに付いて広がっていた長いスカートが、持ち上げられてフワリと揺れる。
すると朱美は逃げるように前へ。ベッドの上で、流石にハイヒールは安定しない。右足だけ踵が外れてしまった。だからであろう。
しかし徹は、朱美をみすみすベッドに押し付けたりはしない。徹は朱美の腕を取り、前に突き出した。朱美は頷くと一歩前に。
すると当然のように、徹の背中に回っていた朱美の髪が、持ち主に引っ張られて一緒に前へ。朱美が右側に傾いたからだろう。髪がそちらへサラサラッと滝のように落ちて行く。
揺れが収まると、綺麗に真っ直ぐとなって止まった。
「割れないから大丈夫だよ」「あっ、あっ、あっ」
朱美は突き上げられていて、答える余裕がない。
喘ぎながら頷くのがやっと。更に朱美は、片手を鏡に押し付けるも、強く押し付ける徹に耐えかねて、両手を鏡に付けていた。
徹は冷静に『角度が悪い』と思っている。朱美が鏡に映らないからだ。更に押す。更に逃げる朱美。まだ押す徹。
段々と上半身が反り上がり、腕が曲がって行く。二人の間で一度は留まっていた髪が、数本づつ纏まって落ちて行く。徹は頷く。
しかしまだだ。朱美はもっと綺麗に輝くはず。
次の瞬間、朱美の肘が鏡に付いていた。そのまま揺れながら耐える朱美。目の前に近くなっていた鏡が、息で曇っている。
その上汗で滑るのか、段々と腕が開いていた。そして上に。
遂には『これ以上行かれない』所まで、鏡に押し付けられてしまっていた。逆に言えば、その姿勢で『安定した』とも言えるのだが。
勢いで前に流れてしまった朱美の髪を、徹は丁寧に整える。
まだ『乱す』には早い。今の眺めは『美しく』でありたい。だから徹は朱美の両手首を掴んで引く。すると朱美の上半身は腰の位置をそのままに、まるで弓のように反って行く。髪が正に弦のよう。
「ああああああ……」
絞り出される声。ギリギリと深く食い込んでいるのが判る。
爪先だけ引っ掛かったハイヒール。それを右足から落とさないようにと、朱美自らがゆっくりと引いて来る。何かの拘りか。
しかし徹の右足で『無理矢理に揃えられて』からは、膝がガクガクと震え出す。頭は完全に上を向いた。
徹の肩に引っ掛かっていた朱美の髪が、弛んだ弾みに『スルスルッ』と落ちて行く。この感触この眺め。何とも言えない。
しかし徹はそこで、不意に思い出していた。『他の女』のことを。
それは幾ら『可愛い女』であっても、決して『女』とは取り扱わない『妹』のことだ。だから今思い出しても問題ない。
徹は当時の楓が、長かった髪を突然バッサリと短くしてしまったことを悔やんでいた。親には『文化祭の出し物』なんて言っていたがそれは嘘に決まっている。絶対に違うと断言出来る。
何故なら楓は、徹が『長い髪が好き』と言えば、何だかんだ言って伸ばし続ける、可愛い奴だった。クルンと回ったりして。
それが徹にも『理由』を話さずに切ったとあっては、兄として『妹を守れなかったこと』を後悔せずには居られない。
絶・対・本家に呼ばれて行った『料理教室』が原因だ。
そうに決まっている。『女だけ』とか言って、徹は参加させて貰えない。そこで『変なキノコ』を食わせたに決まっているのだ。
知ってるぞ? 『何とかマッシュルーム』とか『そういう系』のふらふらぁって来る奴だろ? 或いは『何とか松茸』とか?
馬鹿野郎! ざ・け・ん・な! 結婚した俺でさえ、まだ未経験だと言うのに! 噛み切られてしまえっ!
そう言えば『スゲェ旨いキノコがある』って、聞いたことが。
何だっけ? 『何とか椎茸の別名』だった気がする。何て言ったっけなぁ? えーっとぉ? どん? どん、どん、どん?
そうだ。『どんこ』だ。タップリの『何とか液』に、ヒタヒタになるまで浸けた奴は『もう最高だ』って言ってたなぁ。大分の人が。
「朱美」「はい」「どんこって知ってるか?」「存じ上げません」
揺れ続ける朱美が必死になって首を横に。徹は腰を回す。
「こんな形のらしいぞ?」「あぁあぁあ。それは、しゅごいです」
途端に下を向く。しかし徹がしっかりと腰を押さえている。
「食べてみたいか?」「はい。いや、いいえ」「何だ? どっちだ?」
不思議と朱美が答え直す。徹は首を傾げて突き上げる。
「私めには、多分、勿体のうございます」「遠慮するな」「あぁっ」
今度は上を向く。相変わらずきっちりとしたメイド服姿のままで。
その朱美が心配そうに振り返った。一体、何を与えられるのかと。
「でも……」「俺が良いって言ってるんだ」「はい。では少しだけ」
単に『メイド』として、『おねだりはイケない』と思っているだけのようだ。故に流し目は控え目。徹は腰を持ち直した。
「お前はいつも遠慮がちだな」「そんな」「判った。お前には『汁をタップリ吸った、最高に美味い奴』を食わせてやる」「あぁっ」
「ほら。こんな風に『タップリ』となっ!」
「あぁあぁあぁ。ありが、とう、ご、ざ、い、ま、すっ」
何と言う背徳感。何だこれ。最高じゃないか。
当主候補めぇ。奴は『これ』を求めていたのか。
「お願いします、ご主人さまぁ。私、もぉっ!」
徹は朱美の姿を眺め、もう許せなくなっていた。
「デンジャーッ!」「あぁっ」「デンジャーッ!」「ああぁっ」
激しく引き抜いていた。すると『ハラリ』『ハラリ』とメイド服が崩壊して行く。そのまま所構わず投げ捨てる。
「もっと引いて下さい!」「デンジャーッ!」「あぁっ、イイッ」
朱美の精神も崩壊してしまったのだろうか。寧ろ喜んでいる。
しかし徹はまだ、朱美を許すことが出来ない。耳元で囁く。
「まだまだ。所で朱美、この服は一体『何本』セットしたんだい?」
顔を上げた朱美が鏡越しに答えて来る。
「どうぞ、数えて下さいませ」「ほう。主人である私に数えろと?」
更問しても、鏡の中の朱美は、とても恥ずかしそうにするだけだ。
「はい。ご主人さまを想いながら、一本づつセット致しました」
それを聞いた徹は目が光った。再び腰の位置を直す。
「良いだろう。壱!」「あっ」「弐」「ああっ」「参」「あああっ」
先ず数え始めたのは『過去分』である。指と口で撫でながら。
そんな数え方を想定していなかった朱美は、息も絶え絶えだ。
「おいおい。まだ参だぞ? まだまだこれからなのに大丈夫かね?」
鏡に映る朱美は息が荒く、膝の方はガクガクしている。
「朱美は、ご主人さまのものでございます。どうぞお好きに……」
それでも『何か』を訴えるように懇願するではないか。
「デンジャーッ!」「そこはっ」「何だね?」「いいえ、何でも」
掛け声だけで、徹の手はちゃんと止まっている。
朱美が顔を歪めながら、必死に訴えていたからだ。きっと『想定外』だったのだろう。しかし『逆らえない』と思い、直ぐに否定するとは。実に可愛いメイドではないか。
「そうか。では……」「あぁ、ご主人さまぁ……。お願いです……」
同じ所に手が伸びて、思わず首を横に振る朱美。徹は手を止める。
「おや? どうしたのかね?」「そこはあの、是非、最後に……」
「良いだろう」「あ、ありがとう、ございます」
ホッとした朱美が振り向いた。鏡の徹とキスは出来ない。
「俺もそこまで『鬼』じゃない」「んぐっ、ご主人さま……」
うっとりとした目。徹が微笑む。息を吸った朱美が前を向いた。
「デンジャーッ! デンジャーッ! デンジャーッ!」
「ああぁっ、酷い、ご主人さまぁ。こんなにされてしまって……」
「何だ。約束通り『最後』にしてやったではないか。ええっ?」
「はい。仰る通りです。でも、恥ずかしいです……」「凄く綺麗だ」
これは、一見『幼気なメイドを手籠めにする主人』に見えて、実は『両性が合意済』である。あくまでも『公式プレイ』なのだ。
つまり『合法にして合憲』であるからにして、何ら問題ではない。
楓にちょっかいを出した当主候補と、一緒にすんなよ?
良いか? 『約束していた』とは言え、楓は『当主の嫁候補』だ。お前はまだ『当主候補』であって『当主』ではない。今度楓にちょっかい出して見ろ。俺が絶対に許さんっ!
「あぁっ」「こうだっ!」「お許しくだしゃんぐっ」「ダメだ」
朱美にキス。徹は突き上げながらも、少し冷静になっていた。
楓曰く。『奴の護衛』に助けられて、何とか逃げたらしい。そりゃそうだ。確か楓は中学生。良識があればそんなことはしない。
助けたそいつ、奴の護衛を外されて、今は『楓の護衛』なんだとか。まぁ良い。楓は信用して買い物に連れ出したりしているようだが。今じゃ楓の『ナイト気取り』か? 俺は認めん!
「そこっ。あっそこは……。ダメェ……」
鏡に映った朱美は、目がとろーんとしている。こんなになってしまった今なら、確かに何でも言うことを聞くことだろう。
「朱美、こっちの手で持ちなさい」「あぁ、えっ、ご主人さま?」
「さぁ早く」「でもぉ、恥ずかしいです。見えてしまいます……」
「魅せておくれ? 朱美の全てを」「全てを……、ですか……」
朱美の左手に添えて一緒に掴ませる。その後は朱美に任せた。
自ら持ち上げると、確かに全てが現れた。ヨーロピアンスタイル。朱美は堪らず上を向く。思わず右足を前に出しながら。
『バサッ』「邪魔だな」「……」
徹は、まだ長いスカートを振り払い、その右足をすくい上げる。ゆっくりと。柔らかな太ももの手触り。実に気持ちが良い。
『トンッ』『ガッ』「実に滑らかだ。素晴らしい」「……」
持ち上げる間に、ハイヒールがベッドに落ちた。足で蹴り出す。見れば溢れ出た汗が、ガーターベルトを光らせている。
『パチン、パチン』「あぁっ」「もう良いだろう」『ビリビリッ』
構造を熟知していた徹は、ガーターベルトを開放。膝上まであった右足のタイツも不要だ。スルリと脱がせると投げ捨てた。
膝裏に到達した右手にも汗の感触。徹の右手は滑らかに進み続ける。今度は張りのあるふくらはぎ。やはり素肌は良い。
見れば足の五指が、キュッと内側に入り込んでいる。
「バレーでもやってたの?」「はい。クラッシックバレーを……」
道理で。体も凄く柔らかい。高く掲げられた右足は、ピンと真っ直ぐになって天蓋を指している。黒いメイド服から伸びる白い脚。
徹は思わず上下に撫でまわす。この際『上から下』なのか『下から上』なのかなんて、もうどうでも良い。この手触り。そして香り。
もし、朱美の姿を捉える『カメラ』があったなら、実に素晴らしい光景を映し出していただろう。楽しみだが、今は想像するのみ。
右側からは、下から上に足を真っ直ぐに伸ばしている姿が。入れ替わるように、上から下へ流れ落ちた髪。一部が湾曲して。
左斜め後ろからは徹に抱き抱えられ、ぱっと見は長いスカートを『上下に揺らしている』ようにしか見えない。髪は徹の背中にあって細かく波打つ。それが時折、朱美が体を逸らすと長いスカートと同期を取るように揺れる。繰り返されるリズム。
正面からは徹が眺めている。上下で黒と白に彩られた朱美の姿を。
良く見れば『刺繍の白』とはまた違う白。朱美は留学生活が長かったためか『向こうの文化』が体に沁み込んでいる。
お陰で密着性が凄く良い。何処を触れても吸い付くような肌が。
一息ついて、徹は両手で朱美を奏で始めた。得意の『ギター』に見立てて。立ち姿はまるで『コントラバス』のようであるが。
右上腕で、高く掲げた朱美の右足を押さえてそのままに。手首を九十度曲げて。軽やかに演奏を開始する。曲目は『カノン』だ。
「ああああああああああああああああああああ」
朱美が歌い出す。徹が奏でるコード進行に合わせて。
C・G・Am・Em・F・C・F・G。繰り返し。ゆっくりと滑らかに。はい。もう一度。
すると朱美は、感情が高ぶっているのか、歌に合わせて首を横に振り始めた。その上、左ひざを曲げながらリズムを取る。
「ああああああ」「良い声だ。とっても上手だよ。はい。ご褒美」
褒めながら首筋にキス。ゆっくりと倒れて来た耳を狙ってキス。
すると朱美は頭を後ろへ。大きく体を逸らす。徹は体をしっかりと支える。左手は下から支え。右手は膝裏をしっかりと持つ。
そのまま鏡越しに、朱美の姿を眺めていた。すると足が曲がる。
「イ・イ・イ・イ・イ・イ・イ・イ・イ・イ・イッッ!」
絶叫。圧を感じる。続いて温もりが。そのとき、マジックミラーの向こうにあるカメラの内、下段の一台がぼやけてしまっていた。
徹は気が付かない。それを徹が確認するのは、残念ながら、きっと三カ月後であろうか。しかし今は、それ所ではなかったからだ。
「うっ、くっ、でっ」「あっあっあっあっ……」
徹は思わず叫ぶ。演奏は終わり、朱美を抱き締めていた。
出た感がすんごい。これは普段の倍。いやそれ以上だ。溜まっていたものがまだ出る。まだ、出る。あぁ、跳ね返って来る感じが伝わって。温もりに変わった。快感と共に脱力。
朱美はダランとしていた。目は虚ろ。両手もだらりと下がって。しかしそんな姿を見ても、徹にはそれが信じられない。
『何だこの感覚は……』
まだ『搾り取られる感覚』が。見た目とは違い、何処にそんな力が。散々弄んだつもりが、まだ弄ばれている? 朱美、魔性の女か。
もう復活させられた。これは『今日が命日』かもしれぬ。
朱美の足がストンと落ちて来た。フラフラだが再び両足で立つ。
「ご主人さま、もうお許しください……」「……」
遂に言われてしまった。約束の『エンディング・ワード』を。
朱美は言えて『ホッ』としているのか、安らかな笑顔に。まだ徹に甘え来てはいるものの、脱力してぐったりとしている。
「遂に言われてしまったね」「もぉ。全然なんだからぁ」
途中で阻止されたことを、別に恨んでいる様子はない。朱美からキス。当然だ。それも含めての『二人の愛のカタチ』なのだから。
キスしてきたタイミングで、徹は腰を勢い良く引く。良く聞こえなかったが、多分音がしている。朱美はまだキスに夢中だ。
朱美をゆっくりとベッドに寝かせる。その上で徹は一歩引き、仕上がり具合を眺め始めた。自分でしておいて何だが、何と言う淫らな恰好なのであろうか。とても他の人には見せられぬ。
まだ辛うじて『メイド服』だと判る。頭のカチューシャも健在だ。
しかしスカートは破れ、右足は素足に。左足だけが着飾ったときのまま。ハイヒールも含めて。見れば下着は既にベッドの外へ。
「良い眺めだ」「もぉっ。ご主人さまったらっ」
途端に恥ずかしがってか、両肘を付けて胸前に持って来る。素足の右足を曲げて見せた。そんな恰好の朱美も十分色っぽいのだが。
徹は朱美の隣に座って、優しく髪を撫でる。すると朱美は、実に気持ち良さそうな顔をして微笑む。うっとりとした瞳を向けて。
徹はもう一度朱美にキス。朱美が目を閉じた。濃厚なキスをお求めか。更に深く。舐め回すように。
朱美のうっとりとした顔を見て、徹も笑う。そして、無残な姿になってしまったメイド服に手を回す。
覗いている脇腹を擽ると、朱美は目を閉じながら笑う。あっちも、こっちも。その度に『ダメェ』『ああん』と笑顔だ。
『シャッ!』「あぁんっ!」『ビリビリビリッ!』「だめぇっ!」
徹はメイド服の胸に手を掛けると、一気に引き裂いていた。
見る間に露わとなる柔肌。初めて白日の下に照らされて。しかし実はそこにも『徹の手汗』は、しっかりと塗り込まれているのだが。
デンジャー紐? 今更そんなのはもうどうでも良い。
約束通り『お遊びの時間』は終わりだ。これからは本当の『夫婦の時間』が始まる。朱美の顔だって、それを求めているではないか。
『シャッ!』『シャッ!』『シャッ!』『シャッ!』『シャッ!』
朱美が纏っていた『元衣装』を、むさぼるように引き裂いて行く。
直ぐに朱美は、一糸纏わぬ姿にされてしまう。いや違った。首に残っていた『チョーカー』を外されると、それすらも投げ捨てる。
徹は朱美の両手と上げさせて、先ずは首筋にしゃぶりつく。
「あああああっ」「ここは、ずっと守られていたようだな」
さっきまでと違って、朱美の声が随分と小さい。
しかし徹は一向に構わない。勿論『理由』を知っているからだ。徹も無言で朱美の両足を持ち上げると、再び三つ折りに。
そのまま一気に、上から襲い掛かる。それでも朱美は静かに。
そう。元来の朱美は『恥かしがり屋さん』で、プレイスタイルも『サイレント派』なのだ。聞こえるのは息遣いのみ。
「朱美は俺のものだ」「はい……」
朱美は目を開けると、徹の目を見て頷く。再び目を閉じた。
可愛い。徹は上から全体重を掛け、朱美に全てを叩き込んでいた。
ベッドは静かに揺れ続ける。太陽が昇り、別れの瞬間が来るまで。




