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海底パイプライン(三十五)

「お前はいつも、一度では済ましてくれないだろう?」「……」

 朱美は下を向いてしまった。濡れた下着が目に。反論出来ない。

 しかし『お互いさま』と反論することは許されない。何せ今は『一介のメイド』なのであって、ご主人さまに逆らうなど……。


「朱美? 出来るのか、出来ないのか?」

 何も始めない朱美の横に徹は腰かけた。左手をベッドにつけて、右手は朱美の顎を撫でる。すると朱美はその手を避けた。

 驚いたのは徹よりも『朱美自身』のようだ。一瞬『徹の温もり』を感じ、思わず『イケない』とのけ反ったものの、直ぐに目を見開いて徹を見た。徹の手はもうそこには存在しない。


「違います。違うんですっ! 決してそんなっ! 行かないでっ!」

 立ち上がろうとしていた徹に、朱美はしがみ付いていた。

 徹の左腕を両手で掴み、思いっきり引いている。その握力から、朱美なりに『必死』なのが判った徹は、素直にベッドに引き戻されることにした。しかし座ったものの、朱美の方は見ない。

 すると朱美の表情は一変。潤んだ目はさっきの『享楽』から『絶望』へと変わり果てる。

 おでこを徹の肩にピッタリと付け、絞り出すような声を上げる。


「触ってはならぬと、一人で出来ると証明したくて、本当です……」

 手が震えていた。言い終わって朱美は恐る恐る顔を上げる。

 徹の答えを、いや『許し』を乞うために。もう一度温もりを。


『この女、何も聞いていないのに、勝手に言訳しやがって……ケッ』

 徹の目はそう語っていた。朱美から見て、本当にそう思える。

 咄嗟に腕を揺する。声は出なかった。徹は答えてくれないし、抱き抱えてもくれない。痛いのは嫌だけど、ぶってもくれない。

 あぁ、もしも『台本』があったなら、どんなに良かったことか。


『やっべぇ『怒った』かと思ったら、そうじゃなかった。あぶねぇ』

 徹は思ったことを表に出さないように堪えていた。

 朱美に揺すられている間に『対策』を考えねば。あぁ、もしも『台本』があったなら、どんなに良かったことか。

 こうなると、もし朱美が『しゃぶりついて来た』としても、頭すら撫でることも出来ぬ。徹はロボットのようにゆっくりと首を振る。


「ご主人さま……。お許し下さい……。決してこのような……」

 徹が見た朱美は『絶望の淵』にいた。同じ言葉を繰り返している。

 今はもう、徹が恐ろしいのか、腕を力強く握っていた両手はもう『添えてある』だけになっていた。

 徹が朱美の右手首を掴むと『グッ』と引く。すると意外にも『朱美が釣れた』かのように引き寄せられる。朱美が黙った。


「嵌めてたのか?」「それは……」

 徹が右手の薬指に見つけたのは『婚約指輪』である。

 朱美に渡したダイヤの指輪。紛れもない本物である。ふと見れば『結婚指輪』が無いではないか。きっと『演出のため』だろう。

 徹は婚約指輪をそっと撫でながら、朱美に優しく微笑む。

 すると朱美は左手で涙を拭く。右目は人差し指で。左目は手首で。しかしまだ涙が止まらないのか、拭い続けるか迷うばかり。

 諦めたのか、自分の前を通して恐る恐る徹の肩へ乗せる。それを『空中の枕』として自分の顔を埋めた。

 何をされるのか判らないからだろう。まだ震えが止まらない。枕の陰から横目に、指輪と徹を見比べていた。


 徹は黙って朱美の指輪を掴む。左手は朱美の右手首を押さえていた。掴んだ右手で指輪をゆっくりと回しながら外して行く。

 朱美は『嫌』だったら、そこで『手を握る』なり『振り解く』なりすれば良いだけだ。しかし息を殺して固まっているだけ。

 愛の結晶である『指輪の行方』は見れずに、徹の無表情な顔をただ眺めていた。涙で曇っていたとしても、愛しい人には変らない。

 徹は外した指輪を握り締め、朱美の右手を離す。朱美は目の前が真っ暗になっていた。涙が溢れて来て、枕にもう一度顔を埋める。

 しかし徹は、そんな朱美を許さない。無情にも泣いている朱美から、目の前の『枕』を奪ったのだ。グイッと引っ張っていた。


「そっちの手を出しなさい」「ご主人、さま?」

 放り投げられてしまうと思っていた指輪は今、再び朱美の薬指に戻って来ていた。今度は左手に。徹の手によって。

 驚いた朱美は、涙も拭かずに徹と指輪を交互に眺めている。


「大事にしていて、くれていたんだね」

 徹の表情に笑顔が戻っていた。朱美は何度も頷く。

「勿論です。ご主人さまから頂いたものですから……」

 朱美は涙目のまま徹を見つめる。今は『特別なメイド』という設定とは言え、徹から貰った『大切な指輪』であることには変らない。

 勿論『結婚指輪』だって、それ以上に大事である。


「今は『これ』で我慢してくれ」「はい……?」

 徹の笑顔に釣られて、朱美もつい笑っていた。しかし意味は不明。


「今度の仕事が終わったら、『正式』なのを用意してやる」

「ご主人しゃまっ!」「それまでは『これ』で我慢だ」「はいっ!」

 つい『セリフ』を噛んでしまったが、そこはスルーだ。朱美が見ている前で左手を持ち上げると、手の甲に優しくキス。

 朱美は徹の手を取って引き寄せると、徹に抱き付いた。その後は勿論キス。キス。キス。キス。ちょっと離れてまたキスキスキス。

 息が苦しくなったのか、徹は朱美の両手を引き離し、朱美の膝の上にポンと置く。そして親指で朱美の頬に残る涙を拭った。

 朱美は笑顔を取り戻しされるがままだ。徹を見つめ続けて。


「じゃぁ、『二度目』。魅せて貰おうか」「えっ!」

 朱美の目が丸くなる。当然『何の二回目』かは理解している。

 すると徹は『座る位置』を、ベッドの端へ移した。天蓋の柱によりかかって、片足をベッドの上に乗せる。


「今度はここで、じっくり鑑賞しようかな」「……!」

 朱美は悔しそうに顔を真っ赤にし始める。徹の表情を見れば『全て計算通り』に見えなくもない。これは嵌められた。嵌める前に。

 しかし朱美にだって意地はある。こうなったら、徹底的に『証明』してやろうじゃないか。そう心に決めていた。

 徹が帰って来るまでの間、毎日悶えてしまうように。


「どうぞごゆっくり、ご覧になっていて下さいませ……」

 そんな『朱美の心の内』を、徹はまだ知らない。

 まだ『可愛そうだが致し方ない』と思っていた。これも全て『朱美のためだ』とも。徹も風の噂に聞いたことはある。

 朱美が会社で本業ではない『ハッカーのお仕事』をさせられている噂だ。元々優秀な薬剤師で『研究一筋』だったとも。


「ご主人さま、ご主人さまぁ、おかしくなってしまいそうです……」

 だから今の職場では、相当鬱憤が溜まっているに違いない。

 指に『結婚した印』があったとしても、朱美に手を出してくる輩なんて、そりゃぁ掃いて捨てる程『居る』に決まっている。

 寧ろ、そう考えた方が自然だ。自分で言うのも何だが、あれ程の良い女は、そう滅多に居る者じゃない。


「あっ、あっ、イイイイイッ。あぁっ。ご主人さまぁ。徹さまぁ」

 朱美だって口では『徹さん専用』なんて嬉しいことを言ってくれているが、それをそのまま鵜呑みにする程、俺は甘くはないんだぜ?

 さぁ朱美よ。お前が本当に『想像のみ』でイケるのかどうか、今ここで証明して魅せよ。

 そのもがき苦しむ果てに来る世界を、俺に魅せて見よ。朱美よ!


「んんんっ、あっあっあっあっ、あぁあぁあぁあぁ、とおるぅぅっ」

 朱美が頭を振りながら崩れ落ちたのは、『前』にだった。

 体と一緒に揺れていた長い髪がマントのように広がり、体の前に流れて来た一筋は、品の良いスカーフのよう。やはり美しい。


「見事だ」「あの、呼び捨てに……」「構わん。本気なら仕方ない」

 顎を掴んで引き揚げると、全力を出し切った顔の朱美に笑顔はない。見ればもう、足を閉じる力さえ残っていないようだ。

 喉が渇いたのだろう。キスをすると徹の水分を欲しているのが判る。しかし両手はそのままで。水分位、徹は好きなだけ与える。

 やがて喉を潤した朱美は、ゆっくりと尻餅をつく。


「しかし最後、ちらっとこっちを見たな?」「見て、ません……」

 小さな声。顔を逸らし、凄く恥ずかしそう。徹は真顔になった。

「嘘はいけないな?」「……」

 一度目と『条件を変えて良い』とは言っていない。しかし徹はもう、朱美をこのまま『一人にしておく』つもりは無かった。

 朱美もそれが判っていたのだろう。『怒られている』なんて思っている素振りは全く無い。寧ろ伸ばした来た徹の手に向かって、思いっきり体を寄せてくるだけだ。シーツの上に染みだけを残して。

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