海底パイプライン(三十四)
朱美の『独り舞台』が静かに始まった。明るい照明の下で、それはクり広げられている。徹は足を組んだ。ワイングラスを手に。
そう思い、テーブルに手を伸ばすが実は何もない。『ここは必須だろう』の思いとは裏腹に、いつも用意するのは朱美なのであった。
今朱美は忙しい。諦めよう。それに、あと数時間の後には『富士山頂へ向けて出勤』であると思い出す。酔うのは『朱美だけに』か。
「あっ、あっ。んんっ、あっ」
徹にも『手慣れていない』と判った。努力しているのも。
そこは『安心』する所か。いやいや。意外にも朱美は『本物志向』なのかもしれない。言った手前、徹は観察を続けるも判るはずもない。朱美は言われた通り、『上』を向き続けている。
「目を開けて。お前の瞳を見ていたい」「……はい」「返事はいい」
指示する声は低く、態度も堂々としている。
悶えながら一度は答えた朱美だが、二度目は黙って頷く。それから覚悟を決めて、薄っすらと目を開ける。が、見えたのは白一色。
徹のいやらしい顔を思い浮かべていたのに、それは消えて行く。
そうだ。目を見たいなら視界に……。
「上を見て」「……」
許されなかった。朱美は頷くことも許されぬと悟り上を向く。
別に朱美を『脅す意図』はない。それは誤解だ。朱美に堂々と指示を出す徹も、実は不安を抱えていた。もしも、もしも、だが。
三カ月後、富士山から帰って来て『一人でイケます』となってしまった日には、もう目も当てられない。そんな不安が過ぎる。
「さて。そろそろ支度するか……」
左腕を見ても時計はない。そもそもここは、『朱美を楽しむための部屋』だ。時間を気にしながら『朱美を抱くこと』など愚の骨頂。
立ち上がろうと、ソファーに手を添えた瞬間だ。
「ご主人さま……お時間……は」「気にしないで。続けて?」
座り直す。見れば朱美の動きが激しくなっていた。徹は微笑む。
ほら、朱美だって『そう願っている』ではないか。今の声はそう。
しかし『立つタイミング』を逸した徹は、もう一度手を付く。
「お願いします……。ご主人さま……。御慈悲を……」
徹は眉を顰めた。スッと立ち上がる。一歩前に出ると、真っ赤になった朱美の顔の中に、潤んだ瞳が見える。
言われた通り上を見ていた朱美だが、その瞳がこちらへ。
「朱美?」「……」
徹が呼び掛けると朱美の手が止まった。しかし、照明に照らされた朱美は、先程と同じく『寸分と違わぬ美しさ』を保ったままだ。
「二度、言わせるのかね?」「……」
きっと朱美本人にも『自覚』があるのだろう。激しく動き始めた。
「あっ、あっ、ご主人さま……。ご主人さまぁ……」
徹はゆっくりと歩き始める。朱美の言葉には耳を貸さずに。
なにせこれは『朱美が証明すべきこと』だからだ。当然『可哀そう』にも思えるが、『大丈夫』と言ったのは他の誰でもない、『朱美本人』なのだから。この短時間の間に『忘れた』とは言わせない。
さて、出発までに果たして『間に合う』かな? 証・明・が。
『ズサッ』「あああっ……。あっあっ」
シーツが擦れる音。朱美が足を広げていた。左手を後ろについて。
今のは『カメラ』でも追っているが、やはり『肉眼』は良い。当然『高性能マイク』で音も拾ってはいるが、耳を澄ませば『布地が擦れる音』や、『飾りの小物が当たる音』が良く聞こえる。
それらが歩く度に変化すると『立体感』が凄い。
「あっ、あっ、あっ、あっあっあっあっ」
当然のことながら、朱美の息遣いも。段々と荒々しく。
絞り出されるような声が、声になる前に発せられる溜息に変わる。徹は微笑む。いつもは『耳元で聞いていた声』だ。少し離れると、『こう聞こえるのか』という新しい発見。新鮮な気持ちだ。
「あぁあぁっ、ごしゅじ、ん、さ、まぁあぁあぁあぁっ!」
気が付けば『聞き覚えのある』震える声へと変わっていた。
そう。やがては絶叫へと遷ろう。耐えがたき屈辱なのか、それとも歓喜なのか。その瞳は『歓喜』なのだろうな。朱美。信じよう。
朱美が横目で『徹を追っている』のを、敢えて徹は見逃していた。
「良い声だった」「ハァ。ハァ。ありがとうございます……」
腰を浮かせて両手を後ろについている。体を反らせたままで、顎を引いたまま何とか耐えているようにも。
その様子は、きっと『徹に抱かれるまでは』との思いからなのだろう。案の定、徹がベッドサイドまでやって来ると、そのままの姿勢で横を向いた。素晴らしい安堵の表情で。徹を迎え入れるための。
徹も微笑んで近付き、ゆっくりと朱美の頬を撫でる。顎から首へ。チョーカーの上を撫でると朱美は安心したのか、肩を揺らし、気持ち良さそうに頭も揺らす。そして大きな溜息。潤んだ瞳で微笑む。
「朱美? もう一度だ」「もう一度でございますか?」「良いね?」
カンニングはバレている。ならば『罰』も致し方なし。




